がんと向き合い生きていく

透析の中止はがん終末期患者との治療法とは全く意味が違う

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 人工透析を受けている患者ががんになった時、「手術は可能かどうか」を含めて患者の状態を十分に検討し、安全を確認しながら行われます。

 抗がん剤治療でも細心の注意が必要になります。抗がん剤の多くは尿から排泄されます。ところが、透析患者は腎機能が衰えていて尿が出ないので、投与したままでは強い副作用が起こって大変な状況になってしまいます。

 そのため、透析で抗がん剤を体外に排泄する必要があり、投与日と週3回の透析とのタイミングを合わせることが重要です。抗がん剤の血中濃度を頻回に測定し、がんに効果的な濃度か、安全域になっているかなどを厳重に監視しながら投与が行われます。

 ただ、透析患者に対して抗がん剤治療を行った報告は、われわれが実施したものを含めてごくわずかです。実際には行われていないのが現状と思われます。

 腎機能を失った患者は、透析をしなければ数日から数週間で尿毒症を起こして亡くなってしまいます。

 ですから、透析はがんがあってもなくても、多くの場合は体の状態が許す限り続けられます。先月、公立福生病院で医師が患者に透析を中止する選択肢を示し、中止を選んだ女性が死亡したという報道がありました。

「病院側が病状にかかわらず腎臓病患者に透析をしない選択肢を提示していたことがわかった。透析をすれば生き続けられる患者も含まれており、……学会の提言から逸脱していることを認識していたとみられる」

「自身も透析を続ける東京腎臓病協議会事務局長は、『透析をやめますかと聞くことは<死にますか>と聞くことと同じ。その判断を身体的、精神的に追い詰められている患者に迫るのは酷なこと』と言われた」

■生きられる患者が亡くなっていくのを医師は黙って見ているのか

 報道にあるような「透析をすれば生き続けられる患者に対しても、透析をしない選択肢を提示した」ことが本当にあったのかどうか、私はとても疑問に思っています。

 患者と医師とでは専門の知識が違います。もし万が一、医師の方からその選択肢を提示し、そして患者が透析しない選択をした場合、担当医は「透析をするように、続けるように」と説得したのでしょうか? どんな説明をしたのだろうか? 翌日以降になってからも、さらに「透析をするように」と説得を重ねたのでしょうか?

 たとえば、他の病気でも患者から同意書(確認書)を取る場合は、対面で説明した後、帰宅してからよく考えてもらって、翌日以降にサインをもらうのが一般的です。また、多くは「撤回できる」とされています。

 透析をしないでいると数日で尿毒症になり、苦しさのあまり透析の再開を希望する患者もいらっしゃるでしょう。

 それでも、「患者の自己決定権」「患者の意見確認書という書面がある」と言われる方がいるかもしれません。

 もちろん、本人の同意がなければ透析が実施できないのは確かです。無理やりできることではありません。

 しかし、透析さえすれば助かり、日常生活が送れて長く生きられる患者が、透析しない選択をして、そして亡くなっていくのを、医師もスタッフも黙って見ているのでしょうか? 透析の中止は、がんの終末期患者が余命いくばくもない状況になって「がん治療中止」を選択し、緩和医療をするのとはまったく意味が違うと思うのです。

 透析は週3回、1回4~5時間かかります。長年続けてきたら、やめたくなる時は誰にでもあるでしょう。それでも、透析さえすれば長く生きられる、みんな我慢して治療を受けている……医療者が患者の心に寄り添いながら励ましてくれているから、患者は続けていると思うのです。

 患者の命がかかっています。透析するのに血管の状態が悪くなったら、腹膜潅流という方法もあります。本人の意思や書面での確認も大切かもしれませんが、その前に、医療の原点は「命を最大限、尊重すること」だと思うのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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