【天野篤 特別寄稿】美智子さまのお言葉には人生100年時代を生きる高齢者が目指すべき方向が示されている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 2012年2月、上皇陛下の冠動脈バイパス手術に携わらせていただいてから、早いもので7年が経ちました。手術を経て回復された陛下が、退位される日までご公務を全うされたお姿を拝見して、素直にうれしく思っています。

 私も去る3月いっぱいで任期を迎え、順天堂大学付属順天堂医院の院長職を退きました。これからは「一教授兼一外科医」として、これまで以上に正確な手術を公平に行っていきます。

 3年前、院長職に就いた当初はやはりプレッシャーを感じていました。患者さんのことだけでなく、病院の経営についても考えなければならず、「数字を出さなければならない」という思いがありました。また、自分を起用してくれた経営陣と同時に、一緒に仕事をするスタッフのことも把握しなければなりません。

 幸いなことに、私が院長を務めている期間中、国際的な病院機能評価機構「JCI」の再審と再認証をクリアするという目標がありました。15年に初めて取得した時よりもハードルが高く設定されているため、院長として自ら勉強するのはもちろん、スタッフを励ましたり、引き締めたりするために、現場の状況をしっかり把握する必要があったのです。

 そのかいあって、無事に再審をパスできましたし、病院の収益も含めて実績を残すこともできました。院長に抜擢してもらった恩返しは十分に果たせたという手応えは感じています。院長という立場から解放され、これからは自分がやりたいことに邁進できる。いまはそんなスッキリした気持ちです。

 ご公務で日本だけでなく世界を飛び回られていた陛下も、われわれには及びもつかないほどのご負担があったはずです。85歳と高齢なこともあり、これで少しはゆっくりしていただけるのではないかと安堵しています。皇后として陛下を支え続けてこられた美智子さまも同様です。

 昨年、美智子さまが84歳の誕生日を迎えられた際、公務を離れたら何をされたいかについて、「いつか読みたいと思って求めたまま手つかずになっていた本を、1冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています」と話されていました。以前は、「お供も警護もなしに一日を過ごせたら何をなさりたいですか」という質問に対し、こうお答えになっていました。

「学生のころ、よく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います」

 この美智子さまのお言葉には、これからの人生100年時代を生きる高齢者が目指すべき方向が示されていると思っています。自分の立場を考えることなく、自分の興味があることに対して素直に行動し、自分が目指すものに出合う……。そんな前方に開いた「オープン」な姿勢が大切になってくると思うのです。

■オープンな気持ちで日々を暮らすことが大切

 いまのわれわれが抱く高齢者のイメージは、年を取ってなんとなくヨボヨボしてきて、体は健康なんだけど、いかにも「老人」ですという見た目や行動をしている。そして、年齢に伴って衰えていき、認知症などの病気になって生涯を終える……といった感じでしょう。

 しかし、これからの時代は「80歳を越えてからは、見た目も行動も1年で1歳ずつ若返る」という生き方を目指すべきです。科学的には正確とはいえないかもしれませんが、経験上、外見や行動が年齢より若く見える高齢者は楽しく人生を全うできているケースが多いのです。100歳で亡くなる時は60代くらいに見られるように生きていく。これが常識になれば、人生100年時代は豊かなものになるでしょう。

 そのためには、おいしく食べられる、しっかり目が見える、耳が聞こえる、手足が動く、用足しも自分でできるといったように五感がしっかりしていて、他人の世話にならずに日常行動ができることが必要条件になってきます。そして、五感を維持していくには、美智子さまのお言葉に示されているような、オープンな気持ちで日々を暮らすことが大切です。よく言われていることですが、「やりがい」や「生きがい」を感じられるように、前向きな興味を持って生活することを意識するのです。

 高齢になって時間を持て余し、何をやったらいいのだろう……と途方に暮れている人だって、気持ちをオープンにすればやることはたくさん見えてきます。面倒くさがらずに、あえて映画館まで好きな映画を見に行くだけでもいいのです。これまでは徒歩で行ける範囲しか出歩かなかった人は、バスや電車を使って食事をしに行くのもいいでしょう。何にでも前向きに興味を持って行動してみる。そう意識することが“若返り”につながります。

 人生100年時代を「ただ100歳まで生きながらえるだけ」などという意味にしないためには、自分の前方を開いて生きる意識を持つことが大切なのです。

▽あまの・あつし 順天堂大学医学部付属順天堂医院前院長・心臓血管外科教授。1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒。これまでに執刀した手術は8000例を超え、98%以上の成功率を収めている。2012年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで上皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。

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