がんと向き合い生きていく

患者は納得しても治療しないことに不安を感じる家族もいる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 抗がん剤を内服しているAさん(65歳・男性)と担当医のお話です。

 Aさんは4年前、下行結腸がんの手術を受けました。この時は肝臓に3個の転移がありましたが、切除できました。肝転移があったことから病期(ステージ)は4と診断されました。手術後、抗がん剤の注射(点滴)と内服治療を開始したのですが、5カ月後、肝臓に再発したのです。

 その後、抗がん剤を変えて分子標的薬も含めた標準治療が行われました。次第に肝転移は大きくなり数も増えましたが、この約1年は内服の抗がん剤だけで変化はなく、がんによる症状や内服の抗がん剤による副作用も特にありませんでした。

 しかし、今回のCT検査では肝転移の数がさらに増え、大きくなって悪化していました。それを受け、担当医は「肝転移が大きくなって、抗がん剤は効かなくなってきました。もう抗がん剤はやめましょう」とAさんに話したそうです。

 そんな担当医の言葉を聞いて、いつも診察に同伴しているAさんの奥さんは詰め寄るような感じでこう言いました。

「先生、何か他に治療ないの? もう治療はやめようって言われるけど、何もしないで、死ねということなの?」

 そこから、担当医と奥さんの間でこんなやりとりが続きました。

「これまで、大腸がんの治療はすべてやってきました。この薬は効いていたのだけれど、もう効かなくなってきたのです」

「CTで悪くなっていても、抗がん剤を飲んでいてご飯も食べられるし、検査の値でも副作用は出ていないのでしょう? もしかしたら、薬は今でもがんを少しは抑えているかもしれないでしょう? 続けていただけないですか」

「がんがこれだけ大きくなってきたら、普通はやめますよ。薬を飲んでいるからがんが大きくなるのを少し抑えているかどうか、それは分かりません。ただ、検査値には表れていないけど、抗がん剤は免疫能を落としているかもしれないし、感染症を起こしやすくしているかもしれない。もし、具合が悪くなった時はしっかり支えますからやめましょう」

「いや先生、何も症状はないし、薬を続けてくださいよ。治療をやめて、何を頼りに生きられるの? ただ死ぬのを待つ、そんなことできますか。夫は元気だし……。先生、薬を続けてよ。薬をやめて黙って悪くなってくるのを見ていられないのよ。飲んでいなかったら、がんはもっと大きくもっと悪くなっていたんじゃないですか? 薬ががんの進行を抑えているのではないですか?」

■担当医は良い状態が続いて欲しいと思っている

 ここで、Aさんは急に奥さんを制したそうです。

「先生の言う通り薬をやめて、少し様子を見よう。具合が悪くなっても診て下さるといっているのだから。薬を飲みたい時は、また先生に言うから。ほら、先生困ってるよ。先生を困らせたらダメだ」

 この言葉で奥さんは黙りました。そして結局、内服抗がん剤をやめて様子を見ることになったのです。

 1カ月後、診察を受けたAさんは担当医にこう告げました。

「先生に黙っているのは悪いので話しますが、○○サプリメントを飲んでいます。友達が、がんに効くと言うのです」

 担当医は「サプリメントはあくまで健康食品で、がんに効くという科学的根拠はありませんよ」とだけ答えました。そして、それを勧めるともやめるようにとも話しませんでした。

 治療法がなくなり、無治療となっても、「医師が悪くなっても診てくれる」とのことで患者は納得しています。しかし、家族は治療を何もしていないことに不安を感じているのです。

 もちろん、担当医はAさんの身体の良い状態が続いて欲しいと思っています。友人の専門医から新しい治療法の開発について聞いたり臨床試験が行われていないかどうかを調べているようです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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