上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

AI医療の進化はロボットによる自動手術も可能にするだろう

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 前回お話ししたように、これからの医療にはAI(人工知能)がどんどん導入されていくのは間違いありません。

 すでに現場で稼働しているAIを搭載した最新型のMRIは、患者のデータを入力することで、疾患や治療に関するさまざまな情報が瞬時に分かります。医療者にとっても患者にとってもメリットは非常に大きいといえます。

 今後、外科も内科もAIによる医療が目玉になるのは確実です。このまま進化していけば、AIを搭載したロボットによる自動手術も、機械的に進めることが多い血管の剥離などでは相当な範囲で可能になるでしょう。さらには、術中の予測を加えたリスク判断まで踏み込める可能性も高いと思われます。

 近年、クルマの自動運転システムが現実的な段階に入ってきています。ただ、クルマの自動運転では、そこまでハイスペックな視覚情報は必要とされません。人間が肉眼で見ることができるプラスアルファくらいの情報でも十分に運用できます。しかし、医療の現場ではすでに4Kや8Kといったハイレベルの視覚情報が使われています。特に8Kでは視力4・3相当という未体験の分解能を得ることから、自動手術はクルマよりも高い次元の情報処理が行われている飛行機の自動運転レベルまでは進化していくでしょう。

 AIが千差万別な疾患の状況や患者個々の違いに対応できるのか? という声も聞きますが、これも楽にクリアできるとみています。疾患や症例に関する論文は世界中に何千万件も存在します。それらの情報をすべてAIに学習させたうえ、現場に導入されてからさらに新たなデータが蓄積されていけば、ほとんどの状況で的確な判断を下せるようになるでしょう。技術面から見ても、体内に挿入するアームなどの機器がどんどん進化していますから、AIが人間より優れた手術を行えるようになる可能性も高いのではないでしょうか。

■低コストな「発展途上国の携帯電話」を目指すべき

 ただ、AIはまだまだコストが高いため、一般に広く普及させるには目指す方向をしっかり見定めるべきだと考えます。医療におけるAIは「発展途上国の携帯電話」になる必要があります。

 AI以外でも、医療はすさまじいスピードで進化しています。たとえば、iPS細胞を利用した再生医療は、これまで治せなかったような疾患を根本的に治せるようになる可能性があります。しかし、iPS細胞による医療は相当なお金と手間がかかります。これでは、一般に広まるのは難しいと言わざるを得ません。

 iPSに替わる低コストな再生医療が見つかれば、広く普及することでデータが蓄積され、さらなる発展につながります。ですから、コスト要素も加味した新規医療の提案ができるAIは、「発展途上国の携帯電話」を目指すべきなのです。

 世界中の発展途上国で貧しい暮らしをしている人は大勢いますが、ほとんどが携帯電話を使っています。最新型のハイスペックなスマートフォンと比べると、安価なタイプで端末の機能は制限され、それを使って得られる情報も限定されています。しかし、それでも便利な機器であるのは間違いなく、利用者の満足度も高いため、爆発的に普及しているのです。

 これが、インターネットもできる高精細の大型テレビが欲しいかとなると、あればあったでありがたいが、それほど必要だとは思わないという人も多いでしょう。必要とされる文明機器は、それぞれの社会生活によって異なっているのです。

 医療も同じことで、AIを搭載した高性能な手術ロボットを必要としているのは、一部の富裕層です。言ってみれば、より安全でより低侵襲な手術をしたいという“わがまま”を通すための機器なのです。もし、いまある疾患を問答無用に治せばそれでいいという状況ならば、昔からある一般的な手術で十分だという人もいます。

 ですから、AIを広く普及させてさらなる進化を遂げさせるためには、安価でもそれぞれの生活で必要とされているレベルのAI機器を開発して、携帯電話のように「なくては困る」と感じさせなければなりません。

 もしAIが「発展途上国の携帯電話」となり、さらに進化を続ければ、いずれ人の手が介入する部分は減っていくでしょう。医師や看護師の役割も大きく変わり、病気そのものへ直接関わるのではなく、患者に対する心理的なケアなど、肉体よりも心を重視した方向に進むかもしれません。いずれにせよ、これからの医療は想像の枠の外にあったようなことが現実になってくるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事