見えてきた認知症のメカニズム 自然な睡眠が予防に重要な理由

睡眠は脳内にたまったタンパク質を脳外に排出する働きが…
睡眠は脳内にたまったタンパク質を脳外に排出する働きが…

「認知症予防には睡眠が重要である」――。テレビや雑誌などでこんな話を見たり聞いたりしたことがあるだろう。確かに睡眠を十分とっている人は、そうでない人に比べて認知症リスクが低いと報告されている。なぜ睡眠が認知症予防に効くのか? 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の林悠准教授に聞いた。

 人は人生の約3分の1を睡眠に費やし、その不足は日々の健康や生活のパフォーマンスに影響する。そればかりか、睡眠は生命維持に不可欠であることが知られている。

 実際、米国の研究チームが実験用ラットを寝かせなかったところ、食べさせても体重が減り、毛が抜け落ちて多臓器不全を患い2~3週間で死んだと報告している。それだけ睡眠は健康に関係するのだが、実は認知症にも大いに関わりがあるという。

「認知症の主な原因は特定のタンパク質の蓄積だと考えられています。認知症のタイプにより蓄積するタンパク質の種類が違います。認知症の5割を占めるアルツハイマー病(AD)ではアミロイドβ(Aβ)やタウというタンパク質が蓄積します。レビー小体型の場合は、αシヌクレインが増えていきます。睡眠は脳内にたまったこうしたタンパク質を脳外に排出する働きがある可能性があります」

 実際、実験用マウスでは覚醒時に比べ、睡眠中に脳間質液中のAβが大幅に減ること、マウスを寝かせないとAβが凝集してできる老人斑が多数出現したことなどが報告されている。

 睡眠は脳内の脳脊髄液と間質液の流れを改善して神経細胞外に蓄積するAβを流れやすくするなど、脳内老廃物の排出を後押しするという報告もある。

「アストロサイトと呼ばれるグリア細胞の一種は、脳内の血管に張り付いて、血管から栄養を神経細胞に供給する一方で有害物質の侵入をブロックするなどの働きがあります。この細胞は睡眠中に一斉に縮小し、その結果、神経細胞外のスペースが広がり、Aβを排出しやすくしている、と提唱する海外の研究グループもあります」

■40ヘルツの脳波に注目

 ミクログリアという別の種類のグリア細胞もAβを貪食することで、重要な役割を担っている可能性があり、この仕組みに睡眠中の脳波が関係しているとの見方もある。キッカケは3年前の米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の報告だ。

「ADの人はレム睡眠の時に多くあらわれるγ波(ガンマ波=31ヘルツ~)と呼ばれる脳波のリズムが乱れることが知られています。睡眠時にγ波が減り、覚醒時にも減っていくのです。このことが、認知症の進行を余計に早めている可能性があります」

 そこでMITチームは外部からγ波を人為的に強めたらどうなるかを調べた。

「Aβがたまりやすい体質の実験用マウスを用意し、記憶をつかさどる脳部位の海馬にAβが蓄積していることを確認。その上で、40ヘルツのγ波を特殊な方法で数時間にわたって強めました。結果、Aβが減少。40ヘルツのγ波刺激によりミクログリアが活性化したことから、ミクログリアの貪食機能が関係している可能性があります」

 ならば、人間でも40ヘルツのγ波を強化すればADは防げるのか?

「可能性はありますが、現段階では危険かもしれません。ミクログリアはさまざまな作用があり、どんな副作用が出るかもわかりません」

 Aβを減らしてもAD症状が改善しないことも多いことから、タウタンパク質が新たな治療標的として大きく注目されている。その一部が神経細胞外に出て隣接する神経細胞に伝播することでAD症状が進行するという報告もある。

 さらに近年、この細胞外のタウに関しても、睡眠中に減少するという報告がある。

 人の睡眠は、急速眼球運動を伴うレム睡眠と伴わないノンレム睡眠の2つで構成されている。ノンレム睡眠時に出る4ヘルツ以下の徐波と呼ばれるゆっくりした脳波が、学習や記憶の定着に関わっているということがわかっている。ならばノンレム睡眠中の徐波を強化した方がよさそうだが、レム睡眠時の脳波も重要だという。それはなぜか?

「レム睡眠は良質なノンレム睡眠を促す作用があるからです。レム睡眠が少ないことが認知症のリスク因子だとの報告もあります。ところが、レム睡眠のことはほとんどわかっていません。実験用マウスのレム睡眠は30秒から1分程度しかなく、その間に脳でどのような変化が起きているかは観察しづらいことが大きな理由のひとつです」

 また、寝付けない人が睡眠薬の力を借りて寝ても認知症予防にならない可能性があるという。

「睡眠薬の多くはノンレム睡眠を増やすもののその質は自然な眠りとは異なり、さらにレム睡眠の量をかえって減らす作用があります。麻酔薬で意識がなくなった状態も自然睡眠の時とは脳の活動が大きく異なるので、自然睡眠とは作用が異なる可能性があります」

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