がんと向き合い生きていく

「人生会議」の決定を逆転させるくらい医療は進歩している

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 厚生労働省のホームページにこうあります。

「『人生会議』とは、もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のことです。厚生労働省では、今まで『ACP:アドバンス・ケア・プランニング』として普及・啓発を進めてまいりましたが、より馴染みやすい言葉となるよう『人生会議』という愛称で呼ぶことに決定しました」

 G医師は長い間、Bさん(83歳・女性)一家からかかりつけ医として信頼されてきました。先日、Bさんの息子から相談を受けたG医師が悩んでいるという話を聞きました。

 Bさんの夫は、若い頃からヘビースモーカーで、10年前に肺がんで亡くなりました。その後、Bさんは息子と一緒にG医師を訪れ、夫の最期をみとってくれたお礼を述べてから「私が肺がんになったら、夫のように病院で抗がん剤治療はしたくないです。これはG先生も覚えておいてください。お願いします」と話したそうです。

 いろいろ話し合って、息子もG医師もそれを了解しました。そしてG医師の勧めに応じ、Bさんは直筆で「延命治療はしない・がんになっても抗がん剤は使わない」という書面を残しました。

 Bさんの姉(86歳)も夫を亡くし、その後は姉妹2人でBさんの家で10年間仲良く暮らしてきました。姉の息子たちは結婚して離れて暮らしているとのことでした。

 がんの話題になると、いつもBさんは「私はG先生と息子とで話し合った。薬の治療はしないと紙に書いておいた」と姉に話し、姉は「分かった、分かった」と返事をしていました。

■「抗がん剤は使わない」と本人は書面に残していたが…

 今年に入って、Bさんに進行した肺がんが見つかり、手術は無理と判断されました。この時、すでに脳に転移が数カ所あり、新しく出来た地域の中核病院で全脳に放射線治療を受けました。その効果があって、脳転移はほとんど消えるほどに小さくなったのですが、放射線治療が終わった頃からボケた感じになってきました。認知症が悪化したのか? 放射線治療が影響したのか? 体はとても元気なのですが、話の理解が難しくなり、物事を自分で判断が出来なくなってきました。

 その後、中核病院の担当医から息子に「肺がんの遺伝子検査の結果が出て、ちょうどBさんに合った効く薬が分かりました」と連絡がありました。

 息子が病院を訪ねると、担当医は熱心に説明してくれたといいます。

「遺伝子検査でBさんに合った薬があって、効く可能性が非常に高いのです。肺がんの治療は10年前の5年生存率は数%だったのが、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が加わって、いまはその何倍にも増えています。治ったと思われる患者もいます」

 息子は「そんなに効く可能性が高いなら治療したい」と思って、Bさんの姉に相談しました。すると、姉は「あなたは一緒に暮らしていないからそんなことを言うが、私は『薬の治療はしない』と妹が話しているのをずっと聞いてきました。絶対、反対です」と、一生懸命に説明しても聞く耳を持ってくれませんでした。

 それでも、息子は「ボケてしまっても、あんなに元気だ。母に効く薬があるなら治療して長く生きていて欲しい」と思ってG医師に相談しました。それを受けたG医師は、Bさん本人が書いた「抗がん剤は使わない」という確認書もあり、これは「どうしたものか?」と悩むことになったのです。

 自分で意思決定が出来なくなった場合に備えての「人生会議」、しかし最近のがん医療は「人生会議の決定」を逆転させうる――。それほど急激に大きく進歩していると思うのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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