死亡率が高い「急性大動脈解離」の救命率を改善させるきっかけになるかもしれません。武蔵野赤十字病院の循環器内科医らが大規模データベースを解析し、日本初となる急性大動脈解離の「診療の質指標」(QI)を作成し、3月に行われた日本循環器学会で報告しました。
①救命センター指定の有無②心臓血管外科医の数③循環器専門医の数④年間の大動脈手術件数⑤年間の血管内治療件数⑥診断のためのCT施行⑦術中経食道心エコー検査の施行⑧動脈圧ラインによる血圧管理⑨β遮断薬処方――という9つの指標を設定。指標が満たされた数が7~9個、4~6個、0~3個の3群に分け、7~9個の死亡オッズ比を1として解析したところ、達成数が少なくなるほど死亡率が高くなっていることが確認されました。簡単に言えば、施設の充実度が低いほど死亡率が高いということをあらためて客観的な数字で示したのです。
大動脈解離は前触れなく血管が裂けて解離し、1度目の発症で突然死する危険がある疾患です。とりわけ、心臓に近い上行大動脈に亀裂が入るスタンフォードA型は、発症から1時間あたり1~2%の致死率で症状が進み、発症して24時間以内の死亡率は90%を超えるという報告もあります。そのため、できる限り早く緊急手術を行うことが重要です。
手術は基本的に人工血管置換術を行います。解離した血管を外して化学繊維でできた人工血管に取り換えるのです。脊椎の左側を下方向に走行している下行大動脈が解離を起こしている場合は、これまではなるべく手を付けずに保存的な治療が行われてきましたが、いまは血管内にステント(金属製の筒)を入れる治療が登場しています。ただ、このステント治療はまだ十分なエビデンスがありません。医師の技術レベルや経験による差も大きいので、どこでもできるような治療とはいえないのが現状です。
■施設に不足している点が客観的な数値でわかる
冒頭で紹介した「診療の質指標」は、こうした施設による治療レベルの差を小さくして、救命率を改善させるための一手になるでしょう。今回のような新しい解析は、「リアルワールド」と呼ばれる実際の現場からのデータを基にしたものなので説得力があります。指標を参考にすれば、施設によって「ウチはこの部分が足りないんだな」ということがわかり、具体的な改善につながるのです。
「診療の質指標」という考え方は、認定病院を審査する日本医療機能評価機構や、国際的な病院機能評価機構であるJCIで採用されているものです。施設の機能評価では、待ち時間などの利便性、転倒・転落対策や感染症対策といった安全確保の体制、診断・検査の確実性や安全性など、個々の患者さんにとって問題になりやすい項目が審査されています。それが今回、命に関わる疾患に対する医療を対象に客観的な自己評価を試みています。そこに意味があるのです。
たとえば、地方病院などで「セルフエビデンス」=「その施設だけで通用しているひとりよがりの医療」に頼っていると治療成績は悪くなります。そうした傾向について現場のスタッフもなんとなくわかってはいるのですが、はっきり断定することは難しい。そうした漠然とした印象を客観的に数値として示したところに意義があるのです。
施設ごとの客観的な指標は、患者側にとっても病院を選択する際のツールとして有益です。判断材料は多ければ多いほどいいですし、今回の指標は一般の人にとっても非常にわかりやすい。これも大きな利点です。
冒頭でもお話ししたように大動脈解離は前触れなく発症するため、解離を起こした患者さんが病院を選ぶ余裕がないケースも考えられます。東京都では、2010年11月から「急性大動脈スーパーネットワーク」というシステムの運用がスタートしていて、急性大動脈解離の治療に実績のある病院に効率的に搬送できる体制が整備されています。今回の「診療の質指標」と合わせ、こうしたネットワークが全国的に広まっていけば、救える命が増えるでしょう。
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