休職させない精神科医療

診断書で職場環境を改善することも「うつ病」治療の一環

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「休職には損益分岐点がある。メリットがデメリットを上回っているのは短くて数日、長くて数週間。数カ月ではない。そのポイントを超えると、状態は坂道を転げ落ちるように悪化します」

 こう語るのは、「独協医科大学埼玉医療センター」(埼玉県越谷市)こころの診療科教授の井原裕医師(顔写真)。この井原医師が提言するのは、「休職せず働きながら治す精神科医療」だ。

 そんな井原医師は、うつ病患者に安易に処方されることの多い抗うつ薬も、実はうつ病患者の2割程度にしか効いていないという考えを持っている。それでは、井原医師はどのようにうつ病を治療するのか。それは、職場環境と生活習慣の改善だ。

 生活習慣については、次回以降に解説することにして、長時間労働など、自身にはいかんともしがたい職場環境はどうやって改善するのか。それを可能にするのが、健康管理に関する事業者側責任を明記した診断書だ。

「現在、心身疲弊状態にあり、十分な睡眠(7時間超)の確保なくして、業務継続は困難です。就業継続は、会社側が安全配慮義務の一環として、『働き方改革関連法』(2019年4月施行)に規定する『月45時間、年360時間』以下を順守するのでないのなら、不可能であると判断します」

 医師がこのように法的根拠を明記した専門家意見を記せば、会社がそれを無視することはできない、と井原医師は言う。

 上司の暴言、無理な要求など、パワーハラスメントがうつ病の背景にあると考えられる場合は、以下のような診断書になる。

「令和○年○月○日初診。抑うつ気分、不安を認め上記の通り診断します。ご本人によれば、職場上司の連日長時間に及ぶ情熱的指導が心的負荷になっているとのことであり、心の健康の専門家の立場から憂慮しております。

 ご本人の御意見が事実であるとすれば、厚生労働省(2012年1月)の定義するパワーハラスメントの定義、すなわち『同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』に該当する可能性があります。

 事業者におかれましては、労働安全法・安全配慮義務(健康管理義務)の一環として、直ちに現状を調査し、当該職員が安全・健康に職務を遂行できるよう、必要な措置を講じてください」

 通常の職場なら、診断書にこれだけ明確に記せば、変わる。これでも状況が変わらなければ、今度は「○月○日の診断書で危惧を表明しましたが、その後も事態の改善が見られません。至急改善されることを求めます。なおご本人は本件の解決を外部監督機構に委ねる意思はなく、社内で穏便になされることを希望しております」といった、さらに強い調子の診断書を出すことになる。ただ、そこまでいくケースはほとんどないという。もっとも、井原医師によると、診断書に専門家意見を申述することで会社と交渉する医師は、同医師以外にあまりいないという。

(フリージャーナリスト・里中高志)

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