造血幹細胞の大量培養は白血病治療をどこまで進化させるか

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 白血病と闘う患者にとって“福音”だ。東京大と米スタンフォード大などの研究チームが骨髄移植に欠かせない造血幹細胞を体外で大量に培養する方法を開発した。

 これまで、造血幹細胞の培養には、高額なウシ血清成分やアルブミンが使われていた。しかし今回の研究チームは、それらに代わって液体のりの主成分である「ポリビニルアルコール(PVA)」という化学物質が使えることを突き止めた。安価で大量生産できるうえ、PVAを使うと造血幹細胞の数を最大約1000倍に増殖できるという。さらに、マウスの実験で培養した造血幹細胞は移植に使えることも確認された。

 がん専門医として2万人以上の抗がん剤治療に携わってきた佐々木常雄氏(都立駒込病院名誉院長)は言う。

「造血幹細胞の移植は、急性白血病で大量の抗がん剤を投与する寛解導入療法でも完治が難しい患者さんや、再発リスクが高いと診断された場合に行われます。まずは、大量の抗がん剤を使ったり放射線を照射するなどしてがん化した白血球=白血病細胞がゼロになるまで徹底的に叩き、血液をつくっている骨髄の中まで空っぽにする。そのうえで、ドナーから提供された造血幹細胞を患者に移植し、骨髄機能を回復させて正常な白血球が新たにつくられるのを待つのです。また、難治性の悪性リンパ腫や多発性骨髄腫、がんではなくても再生不良性貧血や骨髄異形成症候群など、造血機能の低下を来す疾患でも適応になります」

 造血幹細胞は、ドナーの骨髄に針を刺して注射器で取り出したり、左右の腕を分離装置につないで末梢血を循環させて採取する。しかし、ドナーの白血球の型が患者の白血球の型にマッチしていなければならないうえ、高齢化によってドナーが減少していることもあり、ドナーが登録されている「骨髄バンク」を補完する技術の開発が課題になっていた。

 患者に移植する造血幹細胞(CD34陽性細胞)は、骨髄移植では患者の体重1キロ当たり少なくとも10の6乗個、末梢血幹細胞では10の6乗を2倍した個数が必要だといわれている。しかし、ドナーの体格や状態によっては十分な量に満たないこともありうる。

 現時点ではマウスでの実験段階だが、造血幹細胞を大量に培養できる技術が進んでヒトでの移植にも使えることが確認されれば、採取する幹細胞は少ない量で済み、ドナーの負担が大幅に軽減される。

■大量の抗がん剤を投与しなくて済む可能性も

「今回のマウスの造血幹細胞を用いた実験では、PVAを使うと数カ月にわたって造血幹細胞が未分化な状態のまま増幅培養させることができ、1個の造血幹細胞から複数の個体への移植が可能であることもわかりました。これがヒトに応用できるようになれば、これまでのようにドナーの骨髄から必要な量の造血幹細胞を採取しなくてもわずかな採血で十分な量を培養できるので、それだけ多くの患者を救えるようになるでしょう」(佐々木氏)

 また近年、患者に造血幹細胞を大量に移植すれば、事前に抗がん剤や放射線を使ってがん化した白血球を含む血液細胞を殲滅しなくても効果が期待できるという報告がある。造血幹細胞の大量培養によって、患者が強力な抗がん剤や放射線による副作用と闘わなくても済むようになる可能性もあるのだ。

 さらに、共同研究を行ったスタンフォード大は、造血幹細胞を数カ月にわたって培養できるようになったことで、患者自身から造血幹細胞を採取してゲノム編集を行い、遺伝子変異を修復して再び患者に戻す移植が期待できると報告している。液体のりの成分であるPVAが、白血病の治療を一気に進歩させるかもしれない。

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