がん手術を受ける前に 患者が知っておくべき「5つの事実」

医師が勧めるがん標準治療は、安全で効果が期待できる
医師が勧めるがん標準治療は、安全で効果が期待できる

 がんにまつわる巷の話は玉石混交。一般の人がその真贋を判断するのは難しい。がん手術を受けるうえで患者が知っておくべき科学的根拠に基づいた確かな事実とは何か。1000件以上のがん手術を手掛け、「『このがん治療でいいのか?』と悩んでいる人のための本 」(時事通信出版局)などの著書がある産業医科大学第1外科の佐藤典宏医師に聞いた。

■手術を避けて代替医療を選ぶと死亡率が2.8倍高くなる

「“お金さえ出せば世間が知らない特別な治療法があって、がんでも治る”と思う人がいますが、間違いです。仮に効果があっても研究段階のもので、安全性が担保されていないかもしれません。それに比べて医師が勧めるガイドラインに基づいたがん標準治療は死亡リスクが統計学的に低く、安全で効果が期待できる治療です」

 それでも、手術を拒否して民間療法などに頼る人はいる。

 生存期間はどうなるのか?

「米国がん研究所に登録された、8つの代表的ながんと診断された92万5127人を対象とした研究があります。手術を勧められた患者69万2938人のうち、手術を受けた69万497人と拒否した2441人の、生存期間を比較したものです」

 それによると、手術を拒否した人は、手術を受けた人に比べて死亡率は2・8倍も高かった。

「がん治療は必ずしも生存期間だけを基準にすることが正解ではありません。生活の質や、自分の価値観を重んじることも大切です。ただ、がん手術を勧められた場合、拒否すると死亡率が高まる事実を念頭に治療法を選択することが大切です」

■手術前の歯磨きで合併症リスクが3分の1に

 歯磨きと手術の合併症は一見無関係に思えるが、事実は違う。口腔内の細菌の増殖が肺炎や傷口の化膿といった感染症による合併症を引き起こすことがわかっている。

 切除術を予定している食道がん患者45人を手術の1週間以上前から1日5回歯磨きを行うよう指導した群としなかった群とを比較したところ、術後の肺炎は前者が9%に対して後者は32%だった。

「手術前に口腔ケアを指導してもらえない病院なら自分で歯科医院に行き、専門的な口腔ケアを受けた方がいいかもしれません」

■手術前の喫煙は術後の合併症を2倍に増やす

 さすがに肺がん手術前に喫煙する人はいないだろうが、その他のがん患者の中には「少しくらいならいいだろう」と思う人もいるかもしれない。しかし、消化器がん手術でも、喫煙が術後合併症や死亡率を増加させる要因だと報告されている。

「胃がん患者1335人を対象に手術前の喫煙の有無と術後合併症の発症率との関係を調べた研究があります。それによると喫煙者の術後合併症発症率が12・3%に対して非喫煙者のそれは5・2%と低かった。また、合併症の重篤度も喫煙者の方が高く、大腸がん手術では喫煙者の方が肺への転移リスクが高いと報告されています」

 では、喫煙している人は手術前にどのくらい禁煙すればいいのか?

「手術前の禁煙期間と術後合併症リスクなどを調べた研究によると、肺がん手術の場合は手術前2~4週間で非喫煙者と同じリスクにまで下がったという報告があります。食道がんでは術前の禁煙期間は長いほど良いといわれ、少なくとも3カ月以上前から禁煙した方がいいでしょう」

■飲酒は術後合併症リスクを1.5倍アップさせる

 ではお酒はどうか? 手術前の飲酒と手術後の合併症との関係について調べたある研究論文によると、手術前にアルコール摂取している人は術後合併症のリスクが全体で56%アップしたという。

 しかも、アルコールを多量に摂取した人は手術関連死亡率が2・7倍も上昇したと報告されている。飲酒はがんの転移を促進する可能性もある。切除手術を受けた大腸がん患者123人を対象とした研究では、アルコールを摂取する人の肝転移リスクは、飲まない人に比べて2・6倍高かったと報告されている。

■手術前に握力や歩く速度が低下すると危険

 がんと宣告され落ち込むのは仕方がないが、手術前には筋力を鍛えた方がいい。がん手術前に筋肉量が減り、筋力や運動量が低下すると手術後の合併症や死亡率に悪影響を与えることがわかっている。

「胃を切除した胃がん患者293人を対象とした研究では、握力が保たれている患者群の術後合併症の発症率が11・2%に対して、握力低下群は23・5%と2倍も多かった。すい臓や胆道がん患者81人を対象に、手術前に6分間の歩行テストを行い、その距離を調べたところ、400メートル以上の患者はそれ未満の患者より術後合併症が少なかったことが報告されています」

関連記事