後悔しない認知症

「ウチはボケない家系だから大丈夫」に科学的根拠はない

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 父親は90歳までボケずに死んだから大丈夫だ。母親は75歳でボケたから心配だ。そんなことを口にする人がいる。だが、極めてレアなケースを除いて、認知症発症が家族性によるものであるという医学的根拠はない。認知症には、大きく分けて「アルツハイマー型認知症」「レビー小体型認知症」「脳血管性認知症」の3タイプがある。その中で「アルツハイマー型」が約6割でもっとも多いのだが、このアルツハイマー型認知症の発症要因は、アミロイドβタンパクという物質が脳に蓄積され、脳の神経細胞の働きを阻害することによるものと考えられているが、これが家族性のものという根拠がないのだ。

 このアミロイドβタンパクはもともと脳内に存在する物質であり、それ自体が有害というわけではない。水溶性の物質で、通常、血液の中に溶け出す。ところが主に加齢で脳にたまりはじめ、塊のようになって蓄積されるようになる。それによって、神経細胞の正常な働きを阻害し、脳の萎縮を招くことになる。これがアルツハイマー型認知症発症のはじまりである。

 だからといって、このアミロイドβタンパクを体内から排除すればいいかといえば、ことはそう簡単ではない。排除する方法は見つかっていないし、排除することによる副作用の可能性も否定できない。残念なことに現段階では、この物質のメカニズムはいまのところ解明されておらず、正常な人体においては何らかの役割を担っているのではないかとも考えられている。だが、このアミロイドβタンパクが脳内に蓄積しはじめるとすぐに認知症を発症するかといえば、答えは「NO」である。蓄積から約20年程度を経過してから発症するとされている。現在40代、50代の世代ではすでにアミロイドβタンパクの脳内の蓄積がはじまっている可能性が高いともいえる。

 このようにアルツハイマー型認知症発症にアミロイドβタンパクが深く関わっていることは間違いのないことなのだが、いまのところ、これを脳内から取り除いたり、その生成を止めたりする治療薬の開発、あるいは治療法は確立されていない。認知症の治療薬としてはアリセプト、メマリーなどがあるが、これらはアミロイドβタンパクの蓄積を改善する薬ではなく、アルツハイマー病においてはアセチルコリンという神経伝達物質が減少するため、それを補うための薬なのである。

 脳におけるアミロイドβタンパクの蓄積の予防策も、私にはよくわからない。ただ、脳の環境が良い人のほうがなりにくいように思われる。たとえば、うつ病で治療を受けないと神経伝達物質の不足が長年続くせいか、年をとってから認知症になりやすいことが知られている。アルコールの大量摂取もそうだ。低血糖による脳のダメージも大きいようで、栄養状態が悪い人は認知症になりやすい。

 糖尿病が認知症のリスクファクターという説が強まっているが、私が浴風会病院にいる際に、解剖までして調べたデータでは、糖尿病のない人のほうが3倍くらい認知症になりやすかった。その頃は、血糖値が高いほうが脳にいいと考えられ、浴風会では糖尿病の治療をしなかった。今は糖尿病の治療をするので、認知症と糖尿病の関係については、治療による低血糖の影響の可能性を私は疑っている。経験的に言うと、私は高齢になってからの過度の節制によるストレスのほうが脳に悪いと信じている。

 いずれにせよ、「家系的に大丈夫」は論外で、脳にいい生活を心がけたいものである。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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