がんと向き合い生きていく

“捕らわれの身”と感じている友人が息子の話になると笑顔に

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「こんなはずではなかったのに……。いつ退院できるか分からないB病院への転院で、今度は生きて帰れるのか? 地方で大学に通っている息子はどうしているだろうか。高校生の娘は来年受験だが、一緒に合格の喜びを味わうことは無理に違いない……」

 B病院での病室は3階の4人部屋で、ベッドは窓際でした。夜、窓からは大小のビル群と窓の明かりが見え、ビルの下には線路が通っていました。走ってくる電車の窓から乗客の姿が見えます。一人一人の表情までは分かりませんが、立っている人、座っている人の影は確認できました。そんな景色を目にしながら、Rさんは考えたそうです。

「家路につくあの人たちは、死からは遠い“安全圏”の人だ。自分は死に近い捕らわれの身……。何も悪いことはしていないのに捕らわれの身なんだ」

 朝になると、看護助手が床頭台を拭きにやって来ます。優しい医師や看護師が来てくれても、“捕らわれの身”には変わりありません。売店に行くにも検査室に行くにも、ナースステーションで許可を得ないと病室を出られないのです。

2 / 5 ページ

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事