「こんなはずではなかったのに……。いつ退院できるか分からないB病院への転院で、今度は生きて帰れるのか? 地方で大学に通っている息子はどうしているだろうか。高校生の娘は来年受験だが、一緒に合格の喜びを味わうことは無理に違いない……」
B病院での病室は3階の4人部屋で、ベッドは窓際でした。夜、窓からは大小のビル群と窓の明かりが見え、ビルの下には線路が通っていました。走ってくる電車の窓から乗客の姿が見えます。一人一人の表情までは分かりませんが、立っている人、座っている人の影は確認できました。そんな景色を目にしながら、Rさんは考えたそうです。
「家路につくあの人たちは、死からは遠い“安全圏”の人だ。自分は死に近い捕らわれの身……。何も悪いことはしていないのに捕らわれの身なんだ」
朝になると、看護助手が床頭台を拭きにやって来ます。優しい医師や看護師が来てくれても、“捕らわれの身”には変わりありません。売店に行くにも検査室に行くにも、ナースステーションで許可を得ないと病室を出られないのです。
がんと向き合い生きていく