がんと向き合い生きていく

“捕らわれの身”と感じている友人が息子の話になると笑顔に

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「入院中の捕らわれの身だということをだれも気付かないだろう。ただ、疲れた男が入ってきたとしか思わないだろう。でも、私は『2時間』に縛られた捕らわれの身なのだ。壁にかかったルノワールの絵も、店内で流れているドボルザークの新世界も、私には何も語らない……」

 Rさんは、コーヒーを半分残してそそくさと病室に戻りました。

「外にいた人たちと私とは違う。私は捕らわれの身。死が近い身なのだ」

 ◇  ◇  ◇ 

 働いているRさんの妻は、週2回ほど着替えを持って来てくれます。B病院に移って3週間がたった頃には、息子が訪ねて来てくれました。

 男同士で何を話すか、Rさんは話題を探しました。息子は、病状を気遣っているふうもなく、いま学んでいる哲学の話をしてくれました。世の中で直接は役に立たない話だけれど、学んでいることを熱心に話す息子の姿に、「よし、大学の勉強はそれでいいんだ」とRさんは思ったといいます。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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