がんと向き合い生きていく

難治性の造血器腫瘍を克服した患者さんが訪ねてきてくれた

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、「造血器腫瘍」(白血病や悪性リンパ腫など)の中でも最も難治と考えられるタイプのがんと闘い、悩み、苦しみ、大変な苦労を重ね、骨髄移植を受けた後にようやく蘇って元気になったAさん(40歳・主婦)が外来に来られました。私は今は移植チームから離れているので、ずっと外から応援していました。

 骨髄移植では「前処置」というものを行います。体の中のがん細胞を減らし、新たに入ってくるドナーの骨髄細胞が生着しやすいように自身の免疫細胞を抑制することが目的です。そのために大量の抗がん剤と全身の放射線治療が行われますが強い副作用があります。

 自身の骨髄は空になって血を造れなくなるので、一時的に白血球数がゼロになり、感染(敗血症)が起こりやすい状態になります。また、強度の貧血や血小板の減少が進むため、適宜、赤血球と血小板輸血が行われます。口内炎、脱毛、食思不振、嘔気・嘔吐、下痢などが高頻度に表れ、肝臓、腎臓、肺、心臓といった重要な臓器に合併症が起こると、命に関わることもあります。

 患者さんがこうした状態に耐え、ドナーの骨髄が生着すると回復してくるのです。

 Aさんが移植を受けて1カ月が経過したころ、そろそろ回復してくるはずなのに白血球数ゼロが続きました。頻回の輸血で血小板抗体ができて、タイプの合った血小板輸血でないと効果が得られない状態でした。また、口内炎がひどくて食事も取れず、発熱も続いていました。一日一日が地獄のような大変な日々でした。熱が下がっても、すぐにまた高熱が出ます。

■人は希望があるから生きてゆける

 当時の私は、以前に骨髄移植を行った17歳の女子高校生の日記を思い出しました。

「人は希望があるから生きてゆける。私には希望は残っている。ただ、たどりつくのが、あまりにもつらく、けわしく、果てしなく、そして残酷なのだ。しかも確実にたどりつけるのかどうかもまったくわからない。そんなものが希望なのか。でも私はそれに必死にしがみつくしかないような気がする」

 私は、Aさんが入院している無菌室の中には入らず、「がんばれ!」「もうひといき」「必ず良くなる」などとメモを書いて病棟の看護師長に渡し、「このメモを消毒してAさんに渡して下さい」と言って応援を続けました。

 そんなAさんが、元気になって私を訪ねてきてくれたのです。お会いするやいなや、手を取り合って喜びました。

「よく頑張ったね。本当によく頑張った!」

「うん、ありがとうございます。頑張りました」 病気を克服したのです。希望がかなったのです。助かったのです。

 彼女の目には涙が光っていました。つらかった、とてもつらかったから、より喜びも大きいのだと思います。

 それでも、Aさんは「お腹が痛かったり、咳が出たり、少しでも何かあると『がんが再発したのでは……』と恐ろしくなります」と不安を口にされていました。

 骨髄移植は、造血器腫瘍で再発しやすいタイプの場合に、完全寛解になってから体の良い状態で行われます。また、難治性でなかなか寛解が得られず、骨髄移植以外に治療方法がないという厳しい状態で行われることもありますが、この場合は成功率は下がります。

 Aさんは後者でした。抗がん剤治療を繰り返しても病状は抑えられず、がんのために発熱を繰り返し、多量のステロイドホルモンで解熱させるほかに方法はない状態でした。幸い、HLA(ヒト白血球型抗原)が一致した妹がドナーとなって移植が行われたのです。

 Aさんご自身の頑張り、家族、そして献身的に頑張ってくれた病院のスタッフにあらためて感謝します。私は何も苦労をしていないのですが、こんなうれしさに出会えました。

 人生、ありがとう!

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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