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5000人以上の音楽家を診察 医師考案の治療とリハビリ法

フォーカルジストニア障害の指
フォーカルジストニア障害の指(C)日刊ゲンダイ

 楽器を演奏するプロの音楽家にとって手の痛みなどの障害は致命傷になりかねない。一度仕事をキャンセルすれば信用問題にもなるので、故障を抱えながらも口に出さずに悩んでいる人が多い。

 そんな音楽家の障害を38年間で5000人以上診察し、いまでも年間1000人のプロ音楽家の患者が来院しているのが、東京都練馬区にある「さかい整形外科」。通常の整形外科と何が違うのか、酒井直隆院長(顔写真)が言う。

「患者さんは病院に行っても『練習のしすぎで痛いのだから練習を休みなさい』と言われます。確かに、休めば痛みは治まりますが、練習を再開して痛みが再発したら休んだ分、演奏が下手になるので何の解決にもなりません。そこが音楽家の治療の難しいところです。当院では『練習を休まず治療する』を大原則にしています」

 音楽家の障害は演奏で手指を酷使することが多いので、「腱鞘炎」「付着部炎」「筋肉痛」「関節痛」など手の痛みを主体として、楽器の種類によって「首・肩痛」「腰痛」「足首の痛み」なども起こる。

■腫瘍以外は手術なし

 治療は、硬くなった筋肉などをほぐす「温熱療法」や理学療法士による「運動療法」などを取り入れて行う。必要であれば、抗炎症薬の処方や痛み止めの注射などを加える。痛みの原因が腫瘍であれば適切な病院を紹介するが、ほとんどは手術なしで治療する。

 治療と並行して楽器の練習を継続してもらうが、その際の弾き方のアドバイスが重要という。

「患者さんは何時間もぶっ通しで練習するのですが、練習と休憩の時間配分の見直しや工夫して負担の少ない練習を指導します。たとえば、ピアノなら打鍵の重さを調節できるエレクトリックピアノに痛む間のみ一時的に替える。ギターの弦の種類を替える。ビオラなら弾きやすいバイオリンに替えるなどです。練習前後のストレッチなども大切になります」

 治療中は演奏が下手にならない最低限の練習量を保ちながら、楽器を弾く感覚を常に維持・確認させることが患者に納得して治療を受けてもらえるコツになるという。

 また近年は、演奏中に指が勝手に曲がったり、伸びたりする「フォーカルジストニア」という神経障害に悩まされる音楽家が増えている。

 原因はハッキリ分かっていないが、この場合の治療もリハビリが中心になる。

 酒井院長が考案した「SDE(スローダウンエクササイズ)」というリハビリ法は、海外の音楽家医学の教科書にも紹介されている。フォーカルジストニアは演奏中に出る症状なので、週1回担当している東京女子医科大学病院整形外科「音楽家外来」で院外のスタジオも併用して診療に当たっている。

「ピアノ演奏では指が手のひら側に曲がる(巻き込む)人が多い。フォーカルジストニアは、ゆっくり弾くと症状が出にくくなります。SDEは、症状の出やすい楽曲で、最初は症状の消える速度で弾いてもらいます。そして、少しずつ速く弾けるように訓練していくリハビリ法です」

 効果は、患者によって差がある。半年で完治した人もいれば、長期間かかる人もいる。中には、つらいので諦めてしまう人もいる。いずれにしても、音楽家のフォーカルジストニアの治療は、世界的にも「リハビリが重要」という認識になってきているという。国内では「音楽家医学」に精通する医師がまだ少ないため、酒井医師は「日本音楽家医学研究会」や「音楽家の手懇話会」を設立して普及に努めている。

「プロの音楽家という職業は、プロスポーツ選手と違って引退がなく、一生もの。障害に悩まされていたら、諦めてしまう前に一度受診してもらいたいと思っています」

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