正社員で働く発達障害の人々

自らの特性に向き合う「発達障害」は自己理解のツールだ

前向きな気持ちで仕事をする一色宏治さん
前向きな気持ちで仕事をする一色宏治さん(提供写真)

 大学院修了後に就職した会社に正社員として15年以上勤務する一色宏治さん(41)の年収は、平均的な同世代のサラリーマンと比べても高めである。障害者雇用ではないし、障害者手帳や障害者年金ももらっていない。 

 しかし、一色さんは、他人と同じようにうまく仕事や生活ができないという悩み、生きづらさ、仕事のしづらさをずっと感じていた。病院ではADHD(注意欠如・多動性障害)と診断され、ASD(自閉スペクトラム症)も、定型発達者(健常者)と発達障害者の中間に位置するグレーゾーンだと診断されている。

「短期記憶がないので、すぐに覚えておかなければいけないことを忘れてしまうし、電車の乗り間違えとか忘れ物も多い。いま自分が何をやるべきだったのか忘れてしまうこともしょっちゅうです。会社では、『よく独り言を言っている変なやつ』みたいに思われていますね(笑い)」

 もっとも、これを読んだ読者の中には、「そのぐらいのことなら自分もあるし、普通の範囲内。発達障害と言うほどのことはないのでは」と思った人もいるのではないだろうか。

 一色さんも、そのように思われて理解してもらえないことは多いと言いながら、次のように言う。

「私は自分が発達障害であることに負い目はないし、ことさらにアピールしたいわけでもありません。ただ、発達障害者は特別な存在ではないことを知ってもらいたくて、今回、名前と顔も出して取材を受けることにしたんです。発達障害は脳の先天的な障害だといわれていますが、原因はよく分かっておらず、日本人の5%くらいはいるとされています。そして、そのなかでも最近の私たちの呼び方では、就職すら厳しい『ムリ層』、就職はできるけど苦労している『ギリ層』、特定の才能に優れバリバリ働ける『バリ層』がいるといわれます。私の場合は数字には強いので、なんとかSEの仕事はできており、『バリ層に近いギリ層』である、と自分のことを分析しています」

 発達障害にあてはまるかどうかは、所属する文化圏や環境によっても変わる。ある場所では普通に生きられる人でも、ある環境では適応できず、発達障害とされる場合もある。一色さんは「もし発達障害の特性を持っていても、本人や周囲の人が困っていなければ発達障害ではない」と考えている。その意味では、周囲への同調圧力が極めて高い日本の会社は発達障害とみなされやすい環境といえる。しかし、日本の会社では発達障害とされる人でも、おおらかな国民性の国であるとか、日本でも自由な社風の会社やフリーランスで働ければ発達障害とみなされず不適応もおこさない、ということは往々にしてあると言ってもいい。 

「大人の発達障害者はその特性を持て余しており、非常に困っています。でも、私は発達障害という自己理解のツールを手に入れたことで、だいぶ楽になりました。今は前よりはかなり前向きな気持ちで、仕事をすることができています」

 自らの特性に向き合い、得意な能力を生かして働き続けている一色さんのストーリーは、発達障害の傾向があることで悩んでいる小さい子供とその親たちにも、大いに参考になるのではないだろうか。 

(おわり)

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