後悔しない認知症

症状を遅らせるにはスキンシップも極めて大事になる

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 このコラムでは、認知症の進行を遅らせるためにコミュニケーションの機会を増やし、それをきっかけにして新しい情報を入力したり、発語やメモなどによって出力することが大切であることをたびたび述べてきた。

 できるだけ脳を停滞させない、使い続けることが症状の進行を抑えることになるからだが、認知症を発症した高齢者が自発的にコミュニケーションの機会を増やすことは難しい。高齢な親にしてみれば、さまざまな自分の老化現象に気づいているわけで、「話がかみ合わない」「面倒くさい」「相手に悪い」といった理由で会話の口火を切ることがおっくうになりがちだ。

 特に、耳の聞こえが悪くなっている高齢者は、聞き返すことに強い抵抗感を覚える。子どもも、何度も聞き返されるうちに、次第に声が大きくなり、話し方に怒りの色を帯びてしまう。さらに、親は会話における理解力や表現力も衰えてしまっているから、コミュニケーションへの自信や意欲も失われがちだ。やがて「まあ、しょうがない」となってしまう。情報の入力、出力の機会が減少すれば、当然、脳の機能は低下していくことになる。

 こうした状況を回避するために、子どもは自発的、意識的に親に語りかける機会を増やすことだ。もともと寡黙な人は、認知症になるとさらに寡黙になりがちだし、もともとは話し好きだった人でも、話す機会が少なくなれば脳の老化が進みやすくなる。高齢者専門の病院での私の長い臨床経験からも言えることだが、家族や友人、知人らが頻繁に見舞いに訪れる高齢者の患者さんは、認知症の進行が比較的ゆっくりだ。これも、会話の機会の数と無縁ではないのだ。

■会話だけがコミュニケーションではない

 会話とともに忘れてならないのがスキンシップだ。これも、高齢者の脳を刺激する。子どもは生活の中で手をつなぐ、マッサージをしてあげる、入浴中に背中を流してあげるといった行為を心がけるべきだ。孫やひ孫を抱かせてあげるのもいい。

 最近、知人男性に聞いた話がある。知人の母親は92歳で軽度の認知症と診断されている。都内で1人暮らしをしているのだが、デイサービスにも参加せず、ヘルパーの訪問にも「知らない人を入れたくない」と渋っていた。しかし、入浴の問題がある。母親も息子に介助してもらっての入浴は拒否する。1人での入浴は危険と判断した知人は何とか説得して、デイサービスとヘルパーの訪問を受け入れてもらった。

 はじめのころは不満を口にしていた母親だったが、ある日を境にデイサービスやヘルパーの訪問を楽しみにするようになった。きっかけは若いヘルパーの女性が足の爪を切ってくれたことだったという。それまで、爪切りに苦労していたが、優しい態度で爪を切ってくれるヘルパーに感激したそうだ。

 知人によれば、以来、会話やスキンシップの機会が増えたためか、母親の表情も明るくなり、認知症の進行も感じられないというのだ。自分にはできなかったスキンシップの効用を改めて知り今では週1回母親宅を訪れるたびに、肩、背中、手足のマッサージをしてあげているという。

 医学的にも、スキンシップはオキシトシンという脳内ホルモンの分泌を促すことが認められている。このオキシトシンは「愛情ホルモン」とか「幸せホルモン」と呼ばれ、安心感、親近感、痛みの軽減、血圧や血流の安定、ストレス緩和などに深く関係している。会話はもちろんだが、スキンシップもまた認知症の進行を遅らせる重要なコミュニケーションのひとつだと考えておくべきだ。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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