がんと向き合い生きていく

がん治療をするか否かは「暦の年齢」で決めるものではない

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 親戚のSさん(79歳)がしばらくぶりに訪ねてきました。

 話によると先日、消化器内科で胃の内視鏡検査を行ったところ、早期の胃がんかもしれないとのことで、その場所の組織生検をしたそうです。その時、医師から「がんかどうかは10日後に分かります。もし、がんだったら治療を受けますか? どうされるか、次回まで考えてきてください」と言われたといいます。

 Sさんが「『どうされますか』とはどういう意味ですか?」と尋ねると、医師は「がんは早期です。あなたの年齢からすると、治療しないでがんが進行して亡くなるか、先に寿命が尽きて亡くなるか分かりません。手術にはリスクがありますから、どうされるかを考えてくださいということです」と答えたそうです。 Sさんは考えました。

「そう言われると、来年は80歳だ。年も年だからな。しかし、治療しないとすると胃がんを持ったまま生きていくのかな。だんだん大きくなってくるのかな?」

 そして、このことを45歳になる娘に話したところ、「平均余命というのがあって、ネットで調べたらお父さんが80歳とすると、あと8年くらいみたいよ」と言われ、「そうか、でも8年もあるのか……。それなら、佐々木先生に聞いてみようと思った」とのことでした。

■患者の身体や精神の状態、がんのタイプによって変わってくる

 Sさんのお話を聞いて私はこう答えました。

「もし生検の結果ががんだとして、がんの治療をするかしないかは、暦の年齢で決めるものではないのです。高齢になってくると、身体能力、精神的な状況は一人一人、大きく違っています。患者さんの体の状況や精神の状況、それぞれ個々の状態によって決めます。これが高齢者に対する治療の特徴で、実年齢で治療方針が変わるわけではないのです。80歳でも毎朝2万歩も散歩される方もおられるし、階段を上れない方もいらっしゃいます。ですから、手術にしても、その後の経過にしても、個人個人によってリスクは大きく違ってきます」

 また、胃がんだった場合の具体的な治療についても説明しました。

「早期の胃がんなら内視鏡で切除できることもあるし、手術しなければならないこともあります。また、がん組織のタイプでも変わってきます。進行の速いものと遅いものがあって、病理組織がゆっくりしたものなら良いのですが、低分化腺がんや印環細胞がんだとがん性腹膜炎になりやすいこともあり、早く手術した方がいい場合もあるのです」

 そこまで聞いたSさんから「がんがゆっくりしたものならそのままでもいいですか?」と尋ねられたので、さらにお答えしました。

「治療を選択しなかった場合に気になるのは、がんが次第に大きくなった時にだんだん食事が取れなくなったり、出血して緊急手術もあり得ることです。これなら、早く手術しておけばよかったと思うこともあるかもしれません。もちろん、がんの治療は本人にどのような持病があるかでも変わってきます。肺、心臓、腎臓、肝臓などの機能は大丈夫か、糖尿病はないか……。年齢を重ねると持病がある方も多いのですが、これも一人一人違うわけです。平均余命が何歳だから、がんの治療をどうするかを考えることは、がんの種類で大きく変わってくるのです」

 その後、三浦雄一郎さんの話題になりました。80歳でエベレスト登頂に成功し、86歳での登山では途中で引き返しましたが、鍛え直して90歳の時にまた挑戦するといいます。

 80歳からの平均余命が8年といっても、寿命が尽きるのに8年ということかもしれませんが、その人に当てはまるかどうかは分かりません。100歳まで、つまりあと20年、生きる方もいらっしゃるのです。

 検査から10日後のSさんの病理の結果は、一部に低分化腺がんが見られたため、担当医から「手術を急いだほうがいい」と説明されました。

 Sさんは同意して翌月には手術が行われ、腹膜播種もなく今は元気でおられます。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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