上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

抗がん剤の副作用で心臓疾患を発症するケースが増えてくる

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 高齢化が進んでいる日本では、がんと心臓疾患の関係が新たな課題として浮上しています。がん治療が進歩して生存率が高まったことによるもので、中でも、抗がん剤の副作用によって心臓疾患を発症したり、重症化してしまう患者が増えているのです。

 抗がん剤の中には、心臓に大きな負担を与えるものがあります。たとえば、肺がんや胃がんなど数多くのがんに使われる白金製剤(プラチナ製剤)は腎毒性があり、腎臓への副作用を防ぐために大量の点滴をしながら投与されます。それが心臓に過剰な負担をかけ、心臓に問題がある場合はうっ血性心不全を起こしてしまうケースがあるのです。

 そのため、白金製剤を使って治療を行う際は、事前に心臓に問題がないかどうかをかなり丁寧に評価します。場合によっては、先にカテーテル治療や外科手術を行って心臓のトラブルを改善してから抗がん剤治療を始めるケースもあります。それくらい、白金製剤は心臓に負担をかけるのです。

 また、肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、悪性リンパ腫など、使用頻度が高いアントラサイクリン系の抗がん剤は、心筋に対して毒性があります。投与中も含めて短期間で不整脈、心不全、心筋障害などが表れるケースから、投与して1年以上、中には10~20年後になって症状が出現する場合もあるため、使用する際は注意が必要な抗がん剤です。

 オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤の登場も含め、近年の抗がん剤は飛躍的に進歩しています。ただし、よく効く抗がん剤というのは、それだけ副作用も起こりやすいという側面もあります。とりわけ、がんが多い高齢者はそもそも臓器が弱っている場合がほとんどなので、抗がん剤を長期に使用するとなおさら副作用が出やすくなり、心臓や腎臓に悪影響が及んでしまうのです。

 実際、抗がん剤治療中に心臓にトラブルを起こして生活制限を受けたり、腎臓に障害が出て人工透析が必要になってしまうケースもあります。そうなると、命は救われたもののQOL(生活の質)が著しく落ちてしまったという状況になりかねません。

 そうした新たな問題が増えてきたこともあって、自身ががんになった経験がある循環器医らがグループをつくり、がんと心臓疾患についての研究や治療法を検討しています。しかし、まだ十分とはいえない段階で、がんと心臓疾患の両方についての深い知識と豊富な経験がある医師は極めて少ないのが現状です。もともと、循環器医はがんに対する造詣は深くありませんし、がん専門医は循環器系は専門科に任せればいいという傾向があっただけに人材が不足していて、エアポケットのような状態になっているのです。

 今後、日本は高齢化がますます進みますから、がんと心臓疾患をかぶって抱える患者が増えるのは間違いありません。ですから、これからはがんと心臓疾患の両方に詳しい医師の育成が重要になってきます。同時にがん専門科と循環器科の連携体制をこれまで以上に整備すべきです。

 いまはエコーやCTなどの検査機器が急速に進歩しているので、検査結果を電子カルテで各医療機関が共有し、AI診断を活用するなどして、診断の段階からがん患者の心臓疾患リスクを3~5段階くらいで評価することも可能でしょう。そうした体制が整ってくれば、「このがん患者は心臓のリスクが高いから循環器科が早めに介入した方がいい」といった客観的な評価ができるようになり、循環器医がより積極的に関われる状況が増えるはずです。それぞれの専門医が早い段階で介入することで、よりよい治療につながります。

 いまはまだ両者の連携がそこまでとれてはいないので、ボーダーライン上の患者がいても「さて、どうしようか……」と医師が逡巡するケースも少なくありません。

 がんと心臓はこれからの日本の医療にとって大きな課題なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事