上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

子供の頃に受けた抗がん剤治療の影響が心臓に表れるケースも

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 抗がん剤の副作用で心臓疾患を発症したり重症化するケースが増えていることを前回お話ししました。心臓に大きな負担をかける白金製剤(プラチナ製剤)や、心毒性があるアントラサイクリン系の抗がん剤の影響による場合が多く、抗がん剤の進歩で生存率が高くなった分、がんと心臓疾患の両方を抱える患者が増えているのです。

 高齢になってがんにかかり、抗がん剤治療を始めたことで心臓疾患を発症するケースだけでなく、小児がんで子供の頃に抗がん剤治療を受けて治った後、青年期になって心臓に影響が表れる患者さんもいます。

 たとえば、通常は3枚ある大動脈弁が先天的に2枚しかない二尖弁の患者さんが小児期に抗がん剤治療を受けていると、大動脈弁狭窄症が進んだ20代で弁を交換する手術が必要になる場合があります。もともと、二尖弁の人は片方の弁にかかる負担が大きくなって心臓弁膜症を発症しやすいのですが、より早めの処置が必要になる場合があるのです。大動脈弁の逆流がそれほどひどい状態ではなく、通常なら手術せずに経過を観察できるような段階でも、小児期に使った心毒性のある抗がん剤の影響で心機能が落ちている分、早期に治療を受けなければなりません。

 実際にいま、がんから生き延びた「キャンサーサバイバー」と呼ばれる何人かの患者さんから、同じような状況で心臓治療の相談を受けています。これも、抗がん剤と心臓疾患の新たな課題といえるでしょう。

■成人先天性心疾患と重なる患者もいる

 さらに、「ACHD」=「成人先天性心疾患」という新しい研究分野にも抗がん剤は関わってきます。心臓治療の進歩によって、先天性心疾患がある小児の95%以上が完治して成人に到達できるようになりました。同時に、小児期に受けた手術の後遺症として、年を経てから心臓弁膜症などが表れるケースが増えていて、新たな課題になっています。

 そして、そうしたACHDの患者さんも、一般的な人と同じ確率でがんにかかります。もともとあった心臓疾患を子供の頃に治療して、加齢に伴って後遺症による心臓弁膜症が徐々に進行しているところでがんにかかり、抗がん剤治療を受けた影響で再び心臓疾患が悪化……といったように、近年増えてきた“新たなジャンル”の疾患が重なって、患者さんに表れる可能性があるのです。

 こうなると、一般の医科ではお手上げになってしまう恐れがあります。小児期に先天性心臓疾患の治療を受けた患者さんが、成人してから心臓に後遺症が表れた場合、ずっと小児科の医師が診るケースが一般的です。その状況でがんにかかると、今度はいきなり成人を診ている科に回ることになります。

 それがたとえば外科だったとしたら、知識のない外科医では「小児期の先天性心臓疾患が残っているけど、どうすればいいのか……」と頭を抱えてしまいます。さらにその病院に先天性心臓疾患に詳しい専門医がいなければ、まったくお手上げな状態のまま的外れな治療を行ってしまう危険もあるのです。

 今後は、そうした医療者の「総合力」が試される患者さんが増えてくるでしょう。実際、先天性心臓疾患だった患者さんが成人になってがんになり、抗がん剤治療を受けた影響で心機能が落ちてしまい、通常よりも早いタイミングで心臓疾患の症状が表れたケースがあります。その場合、早い段階で手術を行う患者さんもいれば、一時的な症状かもしれないから少し様子をみて心機能が回復するのを待つこともあります。これまで、どちらの患者さんも診てきましたし、これから増えるのは間違いありません。

 だからこそ、前回もお話ししたように「がんと心臓疾患の両方に詳しい医師」の育成がこれから重要になってくるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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