有力候補の開発は続々中止…認知症の新薬はなぜ登場しない

6月に京都府宇治市の教会で開かれた「認知症カフェ」
6月に京都府宇治市の教会で開かれた「認知症カフェ」/(C)共同通信社

 認知症の半数を占めるアルツハイマー型認知症(AD)治療薬の開発が苦戦している。製薬大手が開発中止を相次いで発表する中、第2相試験で好成績を上げた、バイオジェンとエーザイも3月に開発中止に追い込まれた。少数の患者では効果が大きめに表れたが、数千人規模で行う第3相試験では偶然の偏りが消え、効果が見えにくくなったからだ。AD治療薬開発は無理なのか? 東京大学大学院薬学系研究科機能病態学教室の富田泰輔教授に聞いた。

 世界初の認知症機能改善薬「ドネぺジル」(商品名アリセプト)が登場して20年余り。日本ではその後、「ガランタミン」(同レミニール)、「リバスチグミン」(同イクセロン、リバスタッチ)が認知機能改善薬として、「メマンチン」(同メマリー)が神経細胞を保護する薬剤として認可されてきた。ところが期待通りの成果が得られているとは言い難い。フランスではいずれの薬も昨年8月から医療保険の運用対象外にされた。副作用の割に効果が高くなく、薬の有用性が不十分だと当局が判断したからだ。

「これらの薬剤がつくられた時代は、現在主流の『アミロイド・カスケード仮説』は存在していません。ADの最初期の病態は、脳内にアミロイドβ(Aβ)と呼ばれる特殊なタンパク質が神経外に蓄積すること。それを防止できれば、その後に起きる神経細胞内での異常なタウタンパク質の蓄積、神経細胞の脱落、認知機能の低下を防げると、多くの医師、研究者は考えませんでした」

 当時の主流は「コリン仮説」。脳内の神経伝達物質であるアセチルコリン(ACh)をつくる細胞減少に伴うACh量不足がADの原因との考えだ。AD患者の死後の脳研究で脳内のACh合成酵素が減少していたこと、ACh性神経細胞が消失していること、患者の生前の認知機能とこれらの死後所見とが相関していることなどから導き出された。これを基につくられたのがドネぺジルであり、後に続くガランタミン、リバスチグミン、いずれもACh分解酵素を抑制することで脳内のAChを増やす薬だ。

「いま見れば、ACh減少は病気の原因ではなく病変によって神経細胞が消失したことによる結果なのですが、当時はそうは考えられませんでした」

 アミノ酸の一種であるグルタミン酸は、脳内では興奮性物質として記憶や学習に役立っているが、病的な脳では逆に興奮性の細胞毒として働く。メマンチンは、グルタミンが神経細胞表面にくっつくのを抑えてその毒性を緩和するが、やはり根本治療薬にはなりえない。つまり、いま使われている認知症薬は進行を止めることはできないのだ。

■新たな攻め口による開発も

 では、AD発症メカニズムを「コリン仮説」から「Aβ仮説」に変えたのに、なぜAD治療薬の開発に成功しないのか?

「Aβが原因と考えられるようになったのは、家族性アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異がすべてAβの量を増やすことがわかったためです。しかし、マウス実験ではAβだけでは神経細胞はほとんど死にませんでした。一方、時間をかけてタウをためれば神経が死ぬことはわかっています。そのため、ADはタウが原因で薬のターゲットをタウにシフトすべきとの考えもあります。しかし、タウだけたまるピック病や前頭側頭葉変性症などはADと臨床症状はまるで違う。通常の人の脳と違ってADの脳ではまずAβがたまり、その後タウが同じ場所にたまっていく。ですから私はタウの蓄積だけでADが起きるとは思いません。やはりADの原因がAβとタウであり、そのキッカケはAβの蓄積であると思います。ただし、開発中の薬によるAβ除去は、症状が出た段階では効用は少ないようです」

 実際、米国では脳にたまり始める超早期な段階で薬を投与する臨床実験が用意されているという。では、新たなADの薬は従来通り、Aβをターゲットにしたものになるのか?

「もちろん、タウも重要なターゲットであることに間違いありません。一方、Aβがどのようにして毒性を持ったタウを動かしているのか、そのプロセスは不明です。しかし、Aβが頭の中にたまっていく過程でいろいろなことが起きていることは間違いない。例えば元気なうちはAβやタウなどの脳内の老廃物を貪食する“お掃除役”を務めるミクログリア細胞は、お腹いっぱいになって老廃物を処理できなくなると、神経毒性を発揮するタイプに変わるのではないか、ともいわれています。またマウス実験では、ミクログリアを異常にすると老廃物に近づかないことも確認されています。そこで、ミクログリアを活性化すれば、脳内が正常化するのではないか、という考え方が出ています。そうした、新たな攻め口による薬の開発が進められています」

 認知症は調べれば調べるほど複数の原因で起こることが判明するが、薬で治る時代は少しずつだが、確実に近づいているようだ。

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