進化する糖尿病治療法

肥満は本当に悪いのか? 健康に対して弊害になるのか?

東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授
東京慈恵会医科大学の坂本昌也准教授(C)日刊ゲンダイ

「肥満は悪い」と言われるのは、なぜでしょうか? 何が私たちの健康に対して弊害になるのでしょうか?

 ひとつは、生きていく上で重要なさまざまなホルモンの分泌が、正しく行われなくなることが挙げられます。というのも肥満によって脂肪を蓄積する「白色脂肪細胞」が膨れ上がって体積が増え数も増えていきます。この白色脂肪細胞は、ホルモンの分泌を担っているので、体積と数の増加によって、あるホルモンは分泌量が増え、あるホルモンは分泌量が減ってしまうのです。

 すると、さまざまな病気のリスクが上がる。例えば、肥満で血液中のブドウ糖の濃度が上がって糖尿病リスクが高くなるのは、血液中のブドウ糖の取り込みを抑制するホルモンの分泌が増加するから。また、肥満は高血圧にも関係しているのですが、これは、血管収縮につながるホルモンの分泌量が増えるからです。

 高血糖や高血圧は血管を傷つけます。ところが、肥満は傷ついた血管を修復するホルモンの分泌を抑制する方向に働くため、動脈硬化が進行し、血栓ができやすくなります。

 これらはホルモン分泌の変化の一例ですが、まるでドミノ倒しのように、肥満というコマが倒れることで、健康を害する複数の現象が起こるのです。

 一方で、私が特に問題視しているのは、「肥満に至る過程」。当院はビジネス街に近いということから、サラリーマンの患者さんが多く訪れます。彼らによくありがちな肥満、さらには糖尿病に至ったパターンは次のようなものです。

 大学時代は標準体形かむしろ痩せ形。若さゆえ、コンビニ食やファストフード、インスタント食品が中心の食生活でも、体を壊したり、不調を感じたりすることはない。好きな時に好きなように食べ、生活リズムも不規則で、夜型生活の人もいます。

 卒業し、就職して生活がガラリと変わります。慣れない仕事に追われ、家は寝るためだけに帰り、週末は平日にできない洗濯や掃除をし、日頃の睡眠不足を解消するために寝て過ごす。大学時代は体育会やスポーツサークルに属して運動を日常的にやっていた人も、社会人になってからはその時間がなかなか取れず、運動習慣がなくなってしまう。

 それでも20代は、やはり若さゆえに乗り越えられます。大学生の面影を感じられないほど太ってきたり、健診の数値が基準値内だけど上昇してきたり、黄色信号がともりだすのは、たいてい30代に入ってから。

 この頃には、運動どころか、電車や車の移動が中心で、歩くことも少なくなってしまっています。半面、大学生の頃とは違ってお金を持っていますから、食べるもの、飲むものは「いいもの」に変わるでしょうし、接待などで酒量が増え、睡眠時間は減っていくでしょう。独身なら、なおさらですね。

 40代になると、健診で「再検査」と指摘されるものが出てくる。仕事の忙しさ、面白さがピークになる年代ですから、再検査は後回しになりがち。家庭を持った人では、奥さんに言われたり、自分自身でも、多少健康に気をつけようとなるでしょうが、さほど深刻ではない。

 そして40代後半から50代。20~30年にわたる、肥満になる食生活・運動不足・睡眠不足・ストレスのツケがドーンと出てくるのがこの年代です。

 体は血糖を下げられなくなり、代謝が破綻した状態。この段階で生活習慣を変えようと思い立っても、場合によっては、生活習慣改善だけでは太刀打ちできなくなっているのです。

「薬は飲みたくない。生活習慣改善でなんとかならないでしょうか」

 そうおっしゃる糖尿病患者さんが少なくないですが、残念ながら、薬と生活習慣改善の2本柱でやっていくしかない段階なのです。糖尿病は「肥満の延長」と考えられています。しかし、「肥満に至る長い時間経過」が招いた結果、と捉えた方が適しているかもしれません。

「肥満によって健康を害する複数の現象が起こる」と先に述べましたが、糖尿病はそのひとつにすぎない。つまり、糖尿病が出てきた時点では、すでに「血糖値を下げればいい」という問題ではない。では、どうすれば? それを次にお話ししたいと思います。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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