上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

食習慣の改善は心臓疾患を激減させる可能性がある

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「地中海食」と呼ばれる料理があります。イタリア、スペイン、ギリシャといった地中海沿岸の国々の伝統的な料理のことで、オリーブオイル、ナッツ、野菜、果物、豆類、精製されていない穀物を豊富に使い、チーズやヨーグルトを頻繁に食べる。肉、卵、乳製品より魚を多く食べ、適度に赤ワインを飲む――といった特徴があります。

 世界各国で「健康に良い食事」として数多くの報告があり、がん、糖尿病、アルツハイマー病といった病気のリスクを下げるとされています。

 心臓血管疾患の予防に効果的だとする研究も多く報告されています。イスラエルの研究では、約300人を対象に地中海食を食べるグループと、日頃の食事を続けるグループに分け、18カ月にわたって経過を観察。地中海食は心臓、肝臓、膵臓の内臓脂肪を著しく減らし、糖尿病と高血圧の罹患率が大幅に低いことがわかりました。

 スペインの研究では、7447人を対象に地中海食にエクストラバージンオリーブオイルを加えたグループ、地中海食にミックスナッツを加えたグループ、低脂肪食の摂取を指導したグループに分けて比較したところ、心筋梗塞や脳卒中といった主要心血管イベントの発生率は、低脂肪食グループに比べ、オリーブオイルグループは31%減、ナッツグループは28%減という結果でした。

 オリーブオイルやナッツに含まれる不飽和脂肪酸は、悪玉コレステロールを減らして善玉コレステロールは減らさない働きがあり、血液をサラサラにして動脈硬化を予防する効果があります。ワインに含まれるポリフェノールや野菜・果物には抗酸化作用があり、こちらも動脈硬化を防ぎます。動脈硬化は高血圧や心臓疾患の大きなリスク因子ですから、地中海食には心臓血管疾患の発症リスクを下げる根拠があるのです。地中海食だけでなく、正しい根拠に基づいた健康に良いとされる食事の情報はたくさん発信されています。それでも、「これまでの食習慣を変えるなんて難しい」という人がほとんどではないでしょうか。しかし、私は「やればできる」と考えています。

■日本では胃がんも克服されている

 ここ40年、日本では胃がんが激減しました。これは、胃がんの原因になるピロリ菌の除去対策が進んだことによるものといえます。まず上下水道が整備されたことでピロリ菌の感染が抑えられました。さらに、「水を買って飲む」という習慣が当たり前になり、水道水がおいしくないからと井戸を掘って自家水道にする家庭も見られなくなりました。こうした下地に加え、ピロリ菌の除菌に対する啓蒙も盛んに行われました。さらに、塩分を控えめにする食生活の重要性も認知され、近い将来、日本では胃がんが撲滅されるでしょう。

 胃がんだけでなく、減塩によって高血圧による循環器疾患や腎疾患も死亡率が減少していますし、糖質を取りすぎないようにする食習慣も広まってきています。何かひとつではなく、いくつかの対策を組み合わせることで、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を激減させうる可能性も見えてきているのです。

 私も、心臓手術を受けた後に多くみられる心原性脳梗塞を撲滅したいという思いから、左心耳縫縮術や左心耳切除術に取り組んできました。術後に起こりやすい心房細動によって作られた血栓が、脳の血管まで飛んで詰まるのが心原性脳梗塞です。脳梗塞全体の3分の1が該当し、脳梗塞で死亡する人の3分の2を占めています。

 そんな極めて予後が悪い脳梗塞を、心臓手術を行う際に血栓が形成される場所である左心耳に対する処置を加えることで明らかに予防できる。そうした手応えを感じながら続けてきて、有効なデータも積み重なっています。

 これから20年、30年後、「心臓手術を受けた人は心原性脳梗塞になりにくい」というエビデンスがさらに構築されれば、現在のガイドラインで推奨されているタイミングよりも、少し早めに心臓手術を選択するという時代が来るかもしれません。さらに進めば、「脳梗塞を予防するために左心耳の手術を行う」ことがスタンダードになる可能性もあります。

 食習慣も含め、ある病気を激減させるための手段はたくさん分かってきています。「やればできる」のです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事