前回、「肥満がなぜ悪いのか」についてお話ししました。肥満の問題点は、生きていく上で重要な、さまざまなホルモンの分泌が正しく行われなくなること。
そしてもうひとつ、肥満に至る過程が問題だと指摘しました。不規則で栄養が偏った食事、運動どころか、歩くことすら少ない生活、「再検査」を無視してしまう、あるいは無視せざるを得ない状況、睡眠不足やストレス……。
これらが重なり、体重は増え、やがて生活習慣病を発症する。糖尿病を発症したのは、「肥満に至る長い時間経過」が招いた結果なのです。
かつての糖尿病の治療は、血糖を下げて患者さんの予後をよくすることが目的でした。しかし、研究が進み、糖尿病患者さんの予後をよくするには、ただ血糖を下げるだけでは不十分だと分かってきたのです。何回もお伝えしていますが、「肥満に至る長い時間経過」が糖尿病を招いているからです。血糖コントロールが悪くなったのは、ひとつの結果であって、血圧が高い、コレステロールが高い、中性脂肪が高いなど、ほかの結果も招いているからです。
糖尿病の治療は、血糖だけを見ていてはならない。
この傾向は、「GLP―1受容体作動薬」や「SGLT2阻害薬」といった新しいタイプの糖尿病の薬が出てきて、より強まりました。新しいタイプの薬には、ただ血糖を下げるだけではなく、ほかも改善する作用があるからです。
■“プラスアルファ”が重要
例えば、2014年に日本で発売されたSGLT2阻害薬は、腎臓から血液中に再吸収されるブドウ糖を阻害し、尿に排出させて血糖値を下げるメカニズムの薬です。
これは従来の糖尿病の薬とは全く違うメカニズムで、「直近1~2カ月の血糖の平均値を示すHbA1c(ヘモグロビンA1c)を低下させる」「空腹時・食後の血糖上昇を抑える」「単剤では低血糖を起こしにくい」といった作用に加え、体重も低下させ、さらには動脈硬化を進行させる脂質異常症も改善する作用を認めています。ブドウ糖を尿に排出する時にナトリウムも一緒に排出するため、血圧低下作用も持ち合わせています。
“プラスアルファ”の作用がある薬の方が、糖尿病患者さんにリスクが高い心筋梗塞や脳卒中など心血管障害のリスクを下げ、予後をよりよくする。今年6月に米国で行われた糖尿病学会でも、SGLT2阻害薬への注目度はかなり高いものでした。一方で、日本では市場の7割を占めるDPP―4阻害薬は、残念ながら心筋梗塞や脳卒中などのリスクを下げるところまでは至らない、という発表もなされたのです。
DPP―4阻害薬の国内での発売は2010年。DPP―4阻害薬は「インスリンの分泌を促す作用のあるインクレチンを分解するDPP―4を阻害する」「血糖上昇作用のあるホルモンであるグルカゴンの分泌を低下させる」「肝臓で行われる最低限の血糖値を維持する体の機能をよくする」といった働きで血糖を下げるため、発売以降、処方箋シェアを急激に伸ばしました。糖尿病の薬の副作用である低血糖を起こしにくい点、同じく糖尿病薬の副作用である消化器症状を起こしにくいといった点などから「使いやすい」と評価されたのも、シェアが伸びた理由です。
ところが、体重は増加させないが、減少にも結びつかない薬であることも、発売後の研究で分かったのです。肥満度を示すBMIが低い人は、HbA1cが6%未満まで低下するけれど、BMI30以上の肥満の人は薬を飲んでもHbA1c6%よりは下がらない。HbA1cは血糖コントロール目標値のひとつなので、「肥満にも肥満じゃない人にも効くが、痩せている人により効く」という結果は、非常に使いやすいが血管障害のリスク低下といった側面からみると残念な部分もあるとも言えるでしょう。
米国の糖尿病学会ではここ数年、「糖尿病治療には心臓、腎臓、脳の病気も予防する薬を使おう」という動きがあり、多くの患者さんの臨床結果に基づいた試験結果から、具体的に薬品名を出して発表が行われるようになっています。
今回の学会での話が後押しになり、今後の糖尿病治療での薬の選び方は大きく変わっていくかもしれません。
進化する糖尿病治療法