アスリートじゃなくても…手首の痛みを侮ってはいけない

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 厳しい日差しも徐々におさまり、ようやく過ごしやすい季節がやってきた。青空の下、テニスやゴルフなどに興じる人も多いはずだ。そんな人を含めて中高年が知っておきたいのが三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷だ。

 プロテニスプレーヤー錦織圭の持病として知られ、ゴルフやテニス、野球、剣道、カヌーなど、手首を酷使する運動選手にはおなじみの外傷だ。ところが、一般の人はその存在すら知らずに、症状が出ても「いずれ治るだろう」と我慢するだけの人も多い。別名「手首の捻挫」と言われるが、運動をしない中高年でも受傷するケースもある。どんなケガなのか? 「みずい整形」(東京・祐天寺)の水井睦院長に聞いた。

 都内に住む田中圭太さん(仮名、30歳)は自転車で職場に通っている。2カ月ほど前、並走していた車に幅寄せされて転倒。身をかばうため手をついたところ、手首をある方向に動かすたびに強い痛みを感じるようになった。田中さんは「しばらく様子を見ていれば、じきに治るだろう」とタカをくくっていたが、3カ月経っても痛みがとれなかった。近くの整形外科で診てもらったところ、医師の診断はTFCC損傷だった。

「手の小指側にある組織を三角線維軟骨複合体と言い、その部分の故障をTFCC損傷と言います。TFCCは、手関節の小指側にある6つの靱帯(尺骨三角骨靱帯、尺骨月状骨靱帯、掌側橈尺靱帯、背側橈尺靱帯、尺側側副靱帯、三角靱帯)と関節円板からできています。その役割は、手首を安定的に支えて衝撃から守り、手関節を円滑に動かすことです。ごくまれに手関節の骨が生まれつき長いことなどによりTFCC損傷の症状を生じる場合がありますが、通常は転倒、転落、交通事故といった外傷型と、仕事やスポーツなど長期にわたる手関節の酷使や加齢変性などにより損傷して痛みを生じる変性型に大別されます」

 田中さんの場合は外傷型だが、受傷後も週1回、地元の剣道場で長年続けてきた子供たちの剣道指導をやめなかったことから、それも悪かったのかもしれない。その後、手術をすることになったという。

 TFCC損傷の主な症状は鋭い痛みで、ドアノブやカギを回したり、タオルを絞ったり、フライパンやヤカンなどの重いものを持ったり、小指や手首を曲げたり、ひねったときに表れる。診断は手首の骨を押したり、手首を小指側に曲げて軸圧をかけたりする疼痛誘発テストのほか、単純レントゲン撮影や超音波検査などを行う。ただし、確定診断にはMRI検査が必要になる。

「TFCCは軟骨靱帯であるため通常のレントゲン写真では写らず、骨にも異常が見られないために重症度がわからないまま診断されることが少なくありません。それで、数カ月から1年湿布を続けたが治らないというケースがあります。そのため、TFCCの確定診断はMRI検査が望ましいといわれています」

■うつ病などを誘発も?

 TFCCの治療は痛みが出て2~3週間ほどであれば、1~3カ月間ギブスやサポーターなどで手首を固定する保存療法を行う。多くの場合、これで治癒するが、痛みが強い場合は炎症を抑える局所麻酔とステロイドを混ぜた薬剤を手関節に注射することもあるという。

「問題は、診断が遅れて数カ月経過してもまだ、痛みが取れないケースです。症状にもよりますが、その場合は手術による治療を行うことがあります。手術は手関節鏡と呼ばれる内視鏡を見ながら、手首の患部の炎症部分を切り取ったり、損傷しているTFCCを縫い直したりします」

 手術自体は1時間ほどで終了する。入院期間は医療機関によって違うが、日帰りから3泊4日程度が一般的だという。

「よく痛みを我慢しきれなくなってから手術を決心する人がいますが、痛みを甘く見てはいけません。TFCC損傷に限らず、脳はその痛みを記憶します。痛みが長く続けば続くほど、脳は長くその痛みを記憶してしまうのです。痛みがあると血管が収縮して筋肉が緊張して血流が悪くなります。すると、血液中に痛みを発する物質が滞留して、痛みが出てしまうのです。つまり、痛みの悪循環に陥るわけです」

 3カ月を超えて継続もしくは再発する痛みを慢性疼痛というが、慢性疼痛は倦怠感や睡眠障害、食欲減退、味覚消失、体重減少、便秘、性欲減退などの自律神経兆候を起こすことが知られている。

 絶え間ない痛みは、抑うつや不安を引き起こし、引きこもりになったり、健康状態が気になって物事に手がつかなくなったりするなど、痛みが原因で社会的な機能を失ってしまうこともある。

「また、痛み本来の体に対する異常を知らせるシグナルという役割も失ってしまいます。本来、痛みを発しなければいけない状況に小さな痛みしか感じなくなったり、ほぼ回復した受傷や病気による痛みをことさら大きく感じてしまったりすることもあります。ですから、痛みは我慢するのではなく、なるべく速やかに除去することが大切なのです」

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