Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

急逝した大谷の同僚も医療用麻薬…使用量を国際比較すると

突然亡くなったスカッグス投手(左)と大谷
突然亡くなったスカッグス投手(左)と大谷(C)共同通信社

 チームメートの大谷翔平選手(25)も、ショックでしょう。米紙ロサンゼルス・タイムズは、7月1日に27歳で急逝したエンゼルスのタイラー・スカッグスの死因が、医療用麻薬とアルコールを摂取した後、嘔吐物を喉に詰まらせたことによる窒息死と報じています。

 遺族の声明文によると、警察は、球団関係者が医療用麻薬の提供に関与した可能性を含めて捜査中とのこと。社会問題になっている医療用麻薬の乱用が、改めて浮き彫りになった格好です。

 もちろん依存が疑われるほどの乱用は、よくありません。しかし、痛みをしっかり取ることは、医療の基本。今回、この報道を取り上げるのは、あくまでも痛み治療という視点です。

 4年前、トヨタ自動車のジュリー・ハンプ元常務が麻薬取締法違反の容疑で逮捕されたことを覚えている方もいるでしょう。膝の痛みを和らげようと、米国から国際宅配便で医療用麻薬成分「オキシコドン」を含む錠剤57錠を密輸した容疑で、明らかに違法です。

「膝の痛みに医療用麻薬を使うのか」と思われるかもしれませんが、米国では抜歯後の痛みや生理痛、ケガの痛みなどに医療用麻薬が幅広く使われています。元役員は慢性的な痛みを取るため、日常的にこの薬を使っていたわけです。処方された薬を父に送ってもらったといいます。

 日本でオキシコドンを処方できるのは、都道府県単位で登録した医師のみで、適応はがんの疼痛緩和に限られます。使用量の記録と管理も義務づけられていて、管理がとても厳しい。

 痛みをしっかり取ることが根づいている米国と、痛みよりも管理を重視する日本。疼痛治療への意識の違いが歴然です。日本は、医療用とはいえ、「麻薬」という言葉のイメージが使用にブレーキをかけているのかもしれません。

■日本での使用量はドイツの20分の1

 医療用麻薬の使用量の国際比較(2013~15年)によると、トップはドイツの2372グラムで、オーストラリア、カナダ、米国が1500グラムを超えていて、日本は韓国の半分程度の118グラム。ドイツの20分の1程度に過ぎません。

 それで痛みを十分取れないことによる不利益は患者に及びます。がんの痛みを取る緩和ケアを行うグループと行わないグループに分けて追跡すると、いくつもの研究で緩和ケアを行うグループに延命効果があることが示されています。日本の末期がんは、苦しみ抜いて亡くなるイメージといってもいいでしょう。

 米国で社会問題になっているとはいえ、医療用麻薬も適切に使用すれば、依存することはありません。米国のような適応拡大はともかく、医療用麻薬を適切に使うことでがんの痛みをしっかり取ることは大切だと思います。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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