患者も知らないAPD

明確な治療法がなく生活上の不便を解消するテクニックが重要

「ミルディス小児科耳鼻科」院長の平野浩二氏
「ミルディス小児科耳鼻科」院長の平野浩二氏/(提供写真)

 大学1年のときにAPD(聴覚情報処理障害)と診断された真壁詩織さんは、コンビニのバイトで、よくお客の言ったことを聞き返しては怒られていたというが、ある時、あまり怒られない方法を編み出したという。

「レジ横にいろいろな揚げ物が売っているのですが、○○ください、と言われて、その○○が聞き取れない。ある時、何ですか? じゃなくて、とりあえず『唐揚げ棒ですか?』と聞き返すと、『そうです』とか、『じゃなくて○○です』などと答えてくれて、あまり怒られないことに気付きました」

 現在、APDには、明確な治療法がないため、生活上の不便を解消するためのさまざまなテクニックが重要となってくる。たとえば、なるべくメモをしてもらう、職場のテレビを消してもらう、などの工夫があるが、それには職場の上司や同僚の理解が必要になる。「聞こえているのに聞き取れないAPD聴覚情報処理障害がラクになる本」(あさ出版)の著書がある、耳鼻咽喉科専門医で「ミルディス小児科耳鼻科」(東京・北千住)院長の平野浩二氏(写真)はこう解説する。

■診断書提出で退職勧奨を受けたケースも

「ある患者さんは、APDの診断書を会社に提出したことで、職場がさまざまな配慮をしてくれるようになり、以前より格段に働きやすくなったそうです。これはいい例ですが、中には診断書を提出したことで、『治らないのなら退職してくれ』と退職勧奨を受けてしまったケースもあります。これは悲しいことですが、やはり長く働き続けられる職場に行くためには、聞こえをあまり重視しない仕事や、静かな環境で働ける職場を選ぶことも大事になってくるでしょうね」

 APDは、聴力に異常はなく、音は脳まで伝わるものの、脳での言語処理に時間がかかるために、うまく理解できない状態であると考えられているが、明確な原因が分かっているわけではなく、治療法も確立されていない。聞いたことを覚えていられない短期記憶の障害など、発達障害と合併していることもあり、その研究もまだ始まったばかりだ。

「それでも、最近APDの人たちが、ツイッターなどネットで情報交換をするようになり、当事者会なども各地で開かれているので、そういったところに足を運んで、仕事を続けるノウハウを教えあうこともできるでしょう。具体的には、ノイズキャンセリングイヤホンという、雑音をカットするイヤホンを耳につけると、聞きやすくなるというケースもあります。ただ、これも雑音ではない音もカットしてしまう場合がありますし、そもそも職場の理解がないと、仕事中に音楽を聴いていると思われて注意されてしまいますから、使い方に注意が必要でしょう。また、UDトークというスマホ用のアプリは、音声を自動的に文字に変換してくれるアプリで、ほぼ無料で使うことができます。これからは、こういったツールもAPDの人たちを助けるものとして、さらに広まっていく可能性は大きいですね」

 まずは、APDに関する周知が進み、患者さんが自身の症状から病名を知ったうえで生活上の不便を克服するテクニックを身に付けることが大切だ。それと共に、その患者さんが必要な配慮を普通に受けられるよう、世の中が変化していくことが求められている。

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