後悔しない認知症

実の息子よりも嫁の来訪を喜ぶ親も 多く接することが大事

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「機嫌よく生きてもらう」

 何度も述べているが、これこそが、子どもが認知症の親に接するとき何よりも心しなければならないことだ。いかに認知症が進行しても「機嫌よさの種」は全部なくなってしまうわけではない。家族、趣味、好きな食べ物、贔屓にしている芸能人、好きな場所など、いろいろとあるはずだ。そうした「機嫌よさの種」に接する機会が多ければ、セロトニン、ドーパミン、オキシトシン、エンドルフィンなどの「幸せ物質」と呼ばれる脳内物質の分泌も促すことになる。結果、脳の老化を遅らせることにつながるわけだ。

 以前、老人専門総合病院に勤務していたころのことだ。

 大きく分けて、いつも穏やかで見舞客の絶えない患者さんと、もともと怒りっぽく、威張るために見舞客がほとんどいない患者さんがいた。経験的に前者に比べて後者のほうが認知症の進行が明らかに速かった。現役時代の仕事を調べてみると、すべてがそうだったとは言えないものの、後者の多くは大企業の役員、政治家、弁護士といった経歴を持つ高齢者だった。

 家族を含めて見舞いに訪れる人が少なければ「機嫌よさの種」に触れる機会が減ることは当然だ。さらに、病院のスタッフとのコミュニケーションもフレンドリーさを欠けばお互いにストレスが増す。自らが機嫌よさの芽どころか種をスポイルしていると言えなくもない。脳にいい影響を与えないことは明白だ。だから、子どもとしては、この「機嫌よさの種」の提供を忘れないことだ。

「先日、親を見舞いに行って愕然としました」

 私の知人男性の話だ。久しぶりに親が入居する介護施設を訪れたときのこと。施設のスタッフが、共用サロンでくつろぐ彼の母親に来訪を伝えた。

「大好きな人が来ましたよ」

 母親はこう言い、表情は一瞬、ほころんだが、長男である知人を認めるとガッカリした表情でこうささやいたという。

「なんだ、K美さんじゃないのか」

 K美とは長男の嫁の名前だ。知人の母親にとって「大好きな人」とは自分が腹を痛めて産み、育て上げ、60年以上も一緒に暮らした息子ではなく、若いころには嫁姑の争いもしばしばだった彼の妻だったのである。いろいろ葛藤はあったにせよ、最終的に自分に寄り添ってくれたのはお嫁さんだったのだろう。実の母親の反応に、それまでの親への接し方を悔やむとともに、妻への感謝の思いをかみしめたという。

 認知症の進行を遅らせるためには「機嫌よさの種」をできるだけ多く提供することだ。中でも、子ども、孫、親戚はその大きな役割を果たせる存在だ。顔を見ながらコミュニケーションを交わすのがベストだが、手紙や電話での交流も親の機嫌をよくする。

 日本では、2025年に認知症患者は700万人に増えると推計されている。認知症患者の家族を含めれば、膨大な数の人間が認知症と向き合うことになるわけだ。いまは介護する側にある子ども世代の多くがいつかは認知症を発症する。「明日は我が身」なのである。その意味で、認知症の現実を正しく理解し、認知症の高齢者に機嫌よく生きてもらうことを心掛けなければならない。

 また孫世代に身をもってそれを伝えていくことも求められる。彼らは認知症の祖父母に接する親の姿から多くのことを学ぶ。認知症には誰もがなるにせよ、発症を遅らせたり、発症したとしても進行を遅らせる知恵を持つことが大切だ。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

関連記事