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豊富な栄養素を余さず生かすフランスの家庭料理の知恵

豚ヒレ肉のミルク煮(左)とリゾット
豚ヒレ肉のミルク煮(左)とリゾット(C)日刊ゲンダイ
完全食(2)牛乳

 生命維持に欠かせない3大栄養素のタンパク質、脂質、炭水化物だけでなく、日本人に不足しがちなカルシウム、さらにビタミンなどを豊富に含んでいるのが牛乳です。

 血糖値を下げるインスリンの働きを助け、血圧を下げる作用も。カルシウムやマグネシウムには認知症予防効果があるといわれています。

 牛乳も含めた日本人の乳製品摂取量は欧米人の約10分の1というデータもあるだけに、意識して取るように心掛けたいものです。

 今回は豚ヒレ肉を使ったミルク煮をメインにしました。

 肉を牛乳で煮込んで軟らかくし、煮汁はさらに煮詰めてソースとして使います。完全食ともいえる牛乳の豊富な栄養分を余すところなくいただくのは、フランスの家庭料理の知恵です。

 牛乳も豚肉も動脈硬化や認知症の予防に効果のあるビタミンB12が豊富ですから、相乗効果が期待できるうえ、人が来たときのおもてなし料理としても最適です。

 もう一品は牛乳を使ったリゾットです。使うのは冷蔵庫にある冷やご飯。お茶漬けも結構ですけど、牛乳で煮込んでチーズを加えることによって洋風に仕上げます。加える塩分はナチュラルチーズとパルメザンチーズによるものだけ。それでも十分、おいしく召し上がれます。

■豚ヒレ肉のミルク煮

《材料》 
◎豚ヒレ肉 300グラムを2センチ幅に切り、平手で潰して形を整える
◎塩、白胡椒 少々
◎薄力粉 適宜
◎バター  大さじ1と2分の1
◎牛乳 1と2分の1カップ
◎ローズマリー 2茎
◎ニンニク 1かけの芽をのぞいて潰す

《作り方》 
 豚ヒレ肉に塩、白胡椒をして、薄力粉を茶こしなどを通して薄くふる。厚手の鍋にバターを溶かし、中火でヒレ肉の両面に焼き色をつける。牛乳、ローズマリー、ニンニクを加えて煮立てたら、弱火にして約20分煮込む(写真)。煮汁がひたひたになったらヒレ肉を取り出す。煮汁を混ぜながら煮詰め、塩、白胡椒で味を調え、肉にソースとしてかける。

■リゾット    

 小さな土鍋に半膳分の冷やご飯をほぐして入れて、牛乳を加えて中火の弱でまぜる。牛乳が沸いてきたら、ナチュラルチーズ4分の1カップを加える。弱火でまぜながら水分がひたひたになったら、好みの具合で火を切って味見。パルメザンチーズと白胡椒で味を調える。

▽松田美智子(まつだ・みちこ)女子美術大学非常勤講師、日本雑穀協会理事。ホルトハウス房子に師事。総菜からもてなし料理まで、和洋中のジャンルを超えて、幅広く提案する。自身でもテーブルウエア「自在道具」シリーズをプロデュース。著書に「季節の仕事 」「調味料の効能と料理法」など。

牛乳、ローズマリー、ニンニクを加えて煮立てたら、弱火にして約20分煮込む
牛乳、ローズマリー、ニンニクを加えて煮立てたら、弱火にして約20分煮込む(C)日刊ゲンダイ
食べられることを目的とした唯一の生体物質を心していただくべき理由

 肉にせよ、卵にせよ、野菜にせよ、魚にせよ、食材とはいずれも他の生物の生命の一部もしくは全部を収奪してしまう行為であり、食べることは生きることであると同時に、他の生物を殺生することでもある。私たちはこの事実に対していつも謙虚であるべきで、地球環境に対して常に敬意を払わなければならない。

 この食の掟の中にあって、ただひとつだけの例外ともいえるものが「乳」である。乳は唯一、食べられることを目的としてつくられた生体物質であり、また再生産が可能な物質でもある。ヒトを含め哺乳動物の赤ちゃんは乳だけを栄養源として発育するから、乳には生存のために必要なエネルギーと栄養素が十全に含まれている。

 この意味で乳は完全食といえる。昔、私が受けた生物学の試験で、乳の主要な成分を記せ、というものがあった。乳には、タンパク質、炭水化物(乳糖)、脂質の3大栄養素がおよそ3%ずつバランスよく含まれている。しかもミセルという微粒子として分散しているので(だから白濁している)スムーズで飲みやすい。消化も良い。初期の乳には赤ちゃんに必要な免疫物質も含まれている。

 さて、牛乳についていえば、それは本来、子牛のためのもので、人間がかすめ取っているという点では収奪していることに変わりはない。人間が牛乳をいただく代わりに、安価な代替飼料である肉骨粉(他の動物の死骸から作られた餌)が与えられたことによって英国で狂牛病が大発生した。ヒツジの伝染病が餌を通じて乳牛に感染したもので、草食動物である牛を、強制的に肉食動物に変えるという蛮行がもたらした人災だった(現在は禁止)。

 効率のために自然のサイクル(この場合は食物連鎖)に安易に介入すると、大いなるリベンジを受けることになるという教訓がここにはある。心して食材をいただかなくてはなるまい。

▽福岡伸一(ふくおか・しんいち)1956年東京生まれ。京大卒。米ハーバード大医学部博士研究員、京大助教授などを経て青学大教授・米ロックフェラー大客員教授。「動的平衡」「芸術と科学のあいだ」「フェルメール 光の王国 」をはじめ著書多数。80万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」は、朝日新聞が識者に実施したアンケート「平成の30冊」にも選ばれた。

※この料理を「お店で出したい」という方は(froufushi@nk-gendai.co.jp)までご連絡ください。

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