上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

自分にとっての新たな挑戦「ミックス」に取り組んでいる

順天堂大学医学部付属順天堂医院心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部付属順天堂医院心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 冠動脈が本来の場所とは違うところから出ている「冠動脈起始異常」では、血管を正しい位置に付け替える手術が将来的に最も問題が起こりにくい方法です。難易度が高い手術なのですが、私がいちばんやりがいを感じているということを前回お話ししました。

 この手術の対象となる患者さんは少ないので、実際に行う機会は多くありません。ただ、ほかの頻度の高い手術、冠動脈バイパス手術や心臓弁膜症に対する弁置換術などは、いまも毎日のように執刀しています。

 今年からは自分にとって新たな手術も始めました。「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術で、従来の開胸手術のように胸骨を大きく切らず、内視鏡を使って処置する方法です。患者さんにとっては、小さな傷で体の負担が少なく、短期間で退院できるというメリットがあります。

 ミックスが登場してから数年たっていますが、当初は疑問点もあったので個人としては取り組んできませんでした。弁膜症手術で右胸の下を小さく切開した範囲の中で手術を行うため視野が狭くなり、手技も制限を受けます。従来の開胸手術の経験をそれほど積んでいない外科医が行うケースもあって、手術時間が余計にかかったり、むしろ心臓に大きなダメージを与えてしまうリスクもありました。「低侵襲」という側面だけがクローズアップされ、トータルで考えると患者さんにはマイナスになる可能性があったのです。しかし、多くの症例やデータが蓄積されてきて、従来の手術より患者さんの負担が少なく、治療効果も遜色がないといった正当性が裏付けられてきました。ミックスを希望する患者さんも増えてきていて、「患者さんにはっきりプラスになる」と判断できたため実施しようと決めたのです。

 自分にとっては新たな取り組みですから、もちろんイチから勉強し直しました。3月いっぱいで任期を終えて院長を退任し、自分の時間が増えたので、朝起きてからミックスを解説したビデオ映像を繰り返し見たり、文献も読み込みました。実際に施術するまでに練習も重ねました。

 とはいえ、これまで積み上げてきた手術経験のベースがあるので、まったくの未知な世界を手探りで進んだ……というわけではありません。ポイントさえつかめば、それほど難しいものではないといえます。いまはだいたい1週間に1回はミックスを行っていて、1日に2回実施したこともあります。

 ミックスを実際に行ってみると、やはり視野が狭いため術者には余計なストレスがかかります。従来の手術なら自分の手で触れて操作できる処置が、切開の範囲が小さいことで手を入れることができないため、遠隔操作のような形で進めなければなりません。それでも、患者さんのプラスになるわけですから、これからも積極的に取り組んでいきます。

■「面倒くさい」と考えるようになったら現役を退くタイミング

 ミックスだけでなく、近年はいくつも新しい治療法が登場しています。そのたびに自分でも取り組むべきかどうかで迷い、「もう次の世代に任せてもいいだろう」と考えてきました。しかし、かつて「心臓を動かしたまま行うオフポンプによる冠動脈バイパス手術」という当時の新しい方法を率先して取り入れ、実績を積み上げてきた自分自身を振り返り、「自分よりも技術的に疑問が残る外科医に任せることが、はたして正しい行為なのかどうか?」という思いが頭をもたげてきました。さらに、「本当は逃げているだけじゃないのか」という自分への問いかけが返ってくるのです。

 そして、新たな手術に取り組んで、あらためて勉強する手間があったりプレッシャーがかかるとしても、自分が行うことが患者さんにとって最もプラスになる結果を提供できるのではないかという結論に行き着いたのです。

 難易度の高い手術や新しい治療法を「面倒くさいからやりたくない」と考えるようになった時が、現役の外科医として終焉を迎えるタイミングだと思っています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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