独白 愉快な“病人”たち

伊奈かっぺいさんは脳梗塞で「病気ネタがたくさんできた」

伊奈かっぺいさん
伊奈かっぺいさん(C)日刊ゲンダイ

 私は「芋洗い」って覚えたんですけど、MRIっていうんですか? あれは異常なしでした。でも人さし指を立てて腕を真っすぐ前に伸ばして、次に鼻の先を触るテストで「テンポよく交互に前、鼻、前、鼻と繰り返してください」と言われたとき、右手は難なくできたのに、左手だとおでこやほっぺたに行ってしまい、鼻先を触れなかったんです。

 それを見て、医者はすぐに「脳梗塞です」と言いました。驚いている間に「即入院」と言われまして、とっさに「足だけですか?」と聞いたら、先生が「え?」って顔したので、「足入院じゃ?」と言ったら、先生が「全身です」とおっしゃいました(笑い)。

 あれはもう16年も前の話です。横浜と東京でコンサトーク(おしゃべりライブ)をして、少し酒を飲んで寝た翌朝、ホテルで目覚めるなり、なんとなく酒が残ってるような感じがして、ベッドから起きるのが嫌だったんです。靴下をはくのもおっくうだったんですけど、その日の夕方には青森でテレビの生放送があったので、とりあえず朝食も取らずに羽田から青森に帰りました。

 その生テレビを終えたところで、ディレクターが「大丈夫?」と声をかけてきたのです。どうやら真っすぐ歩けておらず、しゃべり方もいつもとちょっと違うというのです。自分は昨夜の酒のせいだろうと思っていたので「そう?」と軽く返事をしたんですけど、「そばに病院があるから、一応調べてもらったら? なんでもなければそれでいいんだから、行くだけ行きましょう」と半ば強引に病院に連れていかれて……。そこで「脳梗塞」と告げられたのです。

 診断が終わるや否やストレッチャーに寝かされまして、もうそのまま入院です。すると、子供みたいな若い看護婦さん(あえて私は昔風にこう呼びたい)がボクの顔をのぞき込んで、まるで幼稚園児に言うみたいに「お名前は?」と尋ねてきたんです。

 病気が病気だけにそういう言い方になるのもわかるのですが、バカにされている気がして、ムッとなって黙ってしまった。すると、さらにゆっくり「お名前は?」と聞くので、「どっちの名前がいいですか? 本名ですか? 芸名ですか?」と切り返して、頭が健在なことをアピールしました。

■治療は血をサラサラにする点滴を3~4日だけ

 翌朝、目覚めたら左手はしびれて動かないし、右手には点滴が刺さっていて、なんでどうせ動かない左手にやってくれないんだろうと思いましたね。それでも、右しか動かないので肘を曲げてヒゲの伸び具合を確認したりしました。すると点滴の管に血が逆流して赤くなったので、ちょっと面白くなって、どこまで曲げたら赤くなるか、どっかでロゼにならないかな……なんて試して遊んでましたね。

 脳梗塞といっても、本当に軽かったんだと思います。治療は血をサラサラにする点滴を3~4日だけ。その後は経過観察でトータル2週間の入院生活でした。楽しかったといったら不謹慎ですけど、有意義でしたよ。出てくる食事は全部イラストにしましたし、仕事としてカレンダー用のイラストも描き上げました。なにより“退院祝い”としてタオルを作ろうとなって、そのイラストも描いていましたからね。もちろん日課の絵はがきも欠かしませんでした。

 日課の絵はがきは私のライフワークで、4人の子供たち一人一人に毎日書いて送るのです。初めは地方に旅に行く間だけだったんですけど、それを10年続けた記念に「毎日にしよう」と宣言して、さらに11年が経ちました。トータル21年目ですから、赤ちゃんだった子供たちもみんな大きくなりましたけれど、今日もこのあと新幹線の中で4枚仕上げて投函しますよ。

 退院するとき、主治医に「私のろれつは大丈夫ですか?」と聞いたんです。そしたら「よかったですね。舌が2枚あって」と言うんです。私がおしゃべりなもんだから、「1枚残ってるから十分でしょう」と言われました(笑い)。

 1つだけ自慢できるのはたばこをやめたことです。それまでは1日にハイライトを2~3箱吸っていました。主治医の女医から「すぐにやめろとは言わないけれど、徐々に減らしてください」と言われました。男の先生だったら「だんだん減らしてください」って言うんでしょうね。女性はジョジョに、男性はダンダン……(笑い)。

 まあ、これはトークのネタですけど、退院してすぐたばこ屋に行きました。生粋のハイライト派で、それより軽いのはすべてマズイから嫌いなんです。でも、あえてそのマズイやつを5種類ぐらい買って吸い続けました。すると1カ月後、「こんなにマズイならもうやめよう」となって、それ以来、一本も吸っていません。本当にそれだけは自慢です。

 入院中はやること見ること初めてなことばかりで、おかげさまで病気ネタがたくさんできました。1枚になった舌も健在で、毎日ジョークとダジャレしか言っていません(笑い)。

(聞き手=松永詠美子)

▽いな・かっぺい 1947年、青森県生まれ。68年に青森放送に入社。在籍中の77年に津軽弁で詩を朗読するアルバム「消しゴムでかいた落書き」を発売。

 サラリーマンでありながらタレントとして人気になり、全国放送にも数多く出演。2007年に退社した現在も青森放送で96年から続くラジオ番組「伊奈かっぺい・旅の空うわの空」(毎週月曜)に出演中。

 活動は青森中心だが、歌とトークのライブ“コンサトーク”で全国を飛び回っている。

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