上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

元祖「神の手」先輩医師との出会いが新たな挑戦へ駆り立てた

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、今年から「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術に取り組んでいるというお話をしました。これまでは手掛けていなかったのですが、希望する患者さんが増えていることや、多くのデータが蓄積されて正当性が裏付けられてきたことに加え、自分に合った手術道具を選択すれば安全に行えるという手応えを掴みました。

 さらに、元祖「神の手」と称される脳神経外科医の福島孝徳先生と3年ほど前にお会いしたことも大きかったといえます。私より13歳も年長の76歳ながら、今も現役として第一線で手術を続けていて、米国を拠点にしながら世界を股に掛けて活躍されているスーパードクターです。

 初めてじっくりお話をうかがった際、今でも年間365日、手術をされているうえ、より速く、より完成度の高い手術に磨きをかけるために新しい道具や技術を追求し続けているとおっしゃられていました。

 今、自分が到達している領域をしっかり見ながら、自分がその世界でどういう存在であるべきかを真剣に考え、新たなものをつくり出し、さらに先へと進んでいる。福島先生と出会えていなければ、今回、新たな挑戦への最後の一歩を踏み出せなかったかもしれません。

 自分が今いる世界からフェードアウトするのは、いつでも簡単にできます。シンプルに手術をやめてしまえばいいからです。たとえば、毎週平日にゴルフに行く生活パターンにしてしまえば、手術はやらなくて済むようになります。趣味に没頭している間は手術について考えることなく、忘れることができます。周囲に「その日は自分の時間だから」と伝えておけば、医局から連絡が来ることもありません。新たな挑戦に踏み出すよりも、はるかに簡単です。

 しかし、自分が仰ぎ見る福島先生のような大先輩が、より先を目指してスタスタと進んでいる。その姿を見るだけで、「自分もそんなふうにさらに進んでいかなければいけないのではないか」と思わされます。そして、「自分もできるかもしれない」という思いが湧き上がり、新たな挑戦に向かわせるのです。

 また、自分が新たな挑戦に取り組むことは、自分の部下にあたる後輩医師たちをさらに成長させるために必要だという考えもあります。教授という立場の私がこれまでと同じやり方を続けて結果を出していれば、後輩たちは「これでいいんだな」と思ってしまいます。

 それではさらなる成長は見込めませんし、いずれジリ貧になってしまうでしょう。

 しかし、上長である私が新しいものに挑戦する姿勢を見せれば、後輩たちは「自分たちも常に新しい挑戦に取り組まなければいけないんだ」という意識を持ちます。昔からよく言われますが、後輩は先輩の背中を見て育つのです。

■後輩に任せる部分を作ることも大事

 ほかに後進育成のために心がけているのは、「責任を振り分ける」ということです。私は50歳くらいの頃までは、自分ですべてを背負い込んでいました。

 それでは後輩たちの中に「あの人のマネをしてればいいや」という意識が芽生えてしまいます。しかし、あれは彼に任せる、これは彼に任せる……と責任を分担すれば、彼らが目指す方向性や選択肢が増えることになります。

 ですから、今は「自分はやらないから、君がやってくれ」というスタイルで、メインで取り組む治療を振り分けています。たとえば、大動脈瘤に対する「ステントグラフト内挿術」がそうでした。ステントグラフトと呼ばれる中にバネを入れた人工血管を動脈瘤部分に留置して破裂を防ぐ治療法です。すべて後輩に任せることにして、自分は今もまったくタッチしていません。

 そのかいあって、任せた医師は順調に成長し、さらに若い後輩たちを指導する立場になりました。それなりにきちんとこなせる医師を何人も育てています。後輩に任せた当時の自分の決断は正しかったと思っています。責任をシェアされた者たちの自覚が、また新しいものを生むのです。

 最近の新しい治療法の中で、すべて次の世代に任せているのは「スーチャーレスバルブ」による大動脈弁狭窄症の弁置換術です。生体弁に取り付けた金属製のバネの力を利用して、心臓の弁がある箇所にはめ込む手術で、今後さらに広まるのは間違いありません。まずは従来の弁置換術の経験が豊富にある後輩に任せて指導できる人材を育成し、必要になったら私も教わりにいけばいいと考えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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