上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

中国の患者は日本ではありえない量の薬を処方されていた

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 8月中旬に訪れたベトナムであらためて実感した日本の医療水準の高さは、ほかのアジアの国々を訪問した際も感じさせられました。

 日本では国民皆保険制度によって全国どこでも一定水準以上の医療が提供されるため、医師の質が担保されています。しかし、たとえば中国の医師は、患者さんの信頼を得るために欧米のデータを重視し過ぎて極端な医療を提供する場合が少なくありません。以前、招かれたことがある大都市の病院では先端的な医療が行われていますが、地方の医師は日本ではありえないような治療を行っているのです。

 当院では中国からの患者さんも受け入れているので、定期的に現地の方が実際に提供されている医療を確認します。先日は、日本の病院では処方されないような大量の薬を服用している患者さんが来院されました。

 その患者さんは動脈硬化があり、現地の医師からコレステロール低下薬「スタチン」を処方されていました。狭心症や心筋梗塞といった動脈硬化性の心臓疾患を予防するのに効果的な薬で、投与そのものに間違いはありません。問題なのはその処方量で、日本で一般的に使われている4倍くらいの量がいっぺんに出されていたのです。これは体格が大きい欧米人に投与される量で、日本人や中国人のような小柄な体格の患者さんには多すぎるといえます。つまり、現地の医師は文献で目にした欧米の医学知識に従って、訳もわからずそのまま薬を出していたのでしょう。

 スタチンは、筋肉や関節の痛み、しびれ、だるさといった副作用があり、まれに筋萎縮や横紋筋融解症といった重篤な症状を起こす可能性もあります。必要以上に投与量が多ければ副作用が出るリスクがアップします。その中国人の患者さんも、まさに「体の節々が痛くて困っている」と訴えて来院されたのです。

 ただ、服用している薬をチェックして、「これほど大量のスタチンを飲んでいたら、副作用が出るのは当然ですよ」と説明しても、なかなか納得してくれません。さらに話を聞くと、現地の医師は節々の痛みに対して新しいリウマチの薬を処方したといいます。スタチンの副作用で表れている痛みをリウマチの薬で抑えようとしたわけです。

 こちらが「スタチンの量を減らせば痛みは治まります。あなたは、もともと必要ないリウマチの薬を出されているんですよ」と言っても、患者さんは「それを飲んだら痛みが軽減した。あの先生の薬はよく効くから名医だ」と受け入れようとはしませんでした。

 中国の患者さんを診ていると、「そんな治療をしていたらトラブルが起こるのは当たり前でしょう」といったケースをよく目にします。多額の費用をかけてわざわざ日本にまで受診に来る患者さんですらそのような状況ですから、中国の患者さんの多くは疑問がある治療を受け入れてしまっているのです。

 こうした話を聞くと、「日本ではちょっとありえないな」と感じる人がほとんどでしょう。つまり、患者のレベルにも日本と中国では大きな差があるということです。そして、それは国民皆保険制度によって全国どこでも一定水準以上の治療を受けられるからこそのものだといえます。

■インドの医師は世界最先端を目指しているが…

 これがインドになると、また“景色”が変わってきます。4年前、世界のIT企業が多く進出しているバンガロールを訪れ、低所得者向けの病院と、富裕層向けの病院の両方を視察しました。圧倒的に人口が多い低所得者層の方が患者数も多いため、インドではできる限り無駄を省いた医療が行われています。手術の人員は必要最小限に抑えられ、手術機器もなるべく再利用する方針が徹底されています。病院は「できる限り効率良く患者さんを回転させる」ことに注力しています。

 医師もしたたかで、「環境を整えて公衆衛生を向上させ、生活習慣を改善しながら病気を治療していく」という考え方をするのではなく、「インドで公衆衛生や生活習慣の改善が世界レベルに達するには50年以上かかるだろう。しかし、いま目の前の病気は待ってくれない。だからわれわれは高度な医療を実践して世界と肩を並べるんだ」といった意識を強く感じました。平等に高度な医療が受けられる日本とは違い、インドの低所得者層は患者数が多いのに置き去りにされている印象です。医師がやろうとしていることは間違いとはいえませんが、医療者としての目標はずれているのではないかという疑問が残りました。

 行われている医療だけでなく、病院、医師、患者のレベルも、日本はアジアで突出している。実際にアジア諸国を訪れたからこそわかる実感です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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