夜泣きに追い詰められた母親が…乳幼児に睡眠薬投与の是非

乳幼児に睡眠薬処方は臨床の現場ではゼロではない
乳幼児に睡眠薬処方は臨床の現場ではゼロではない

 関東にある総合病院から出された処方箋を見た薬剤師のAさんは驚いた。2歳に満たない赤ちゃんに睡眠薬が処方されていたからだ。“何かの間違いではないか”と思ったAさんは医師に疑義照会をしたが、「問題ありません。処方箋通りに出してください」と言われたという。処方箋を持ってきた母親に聞くと「(赤ちゃんの)夜泣きがひどく、ほとんど寝ないと相談したところ、処方された」と答えたという。実は臨床の現場では、こうした例は必ずしもゼロではないという。「弘邦医院」(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。

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 Aさんによると赤ちゃんに処方された睡眠薬は「ラメルテオン」(一般名)だったという。体内時計のリズムを整えるメラトニンというホルモンに働きかけることで眠気を誘う薬だ。

「メラトニンの分泌量は夜中に増えて、明け方に向けて徐々に減っていきます。そのことで人は夜に眠くなり、朝方に目が覚めます。この働きを利用した睡眠薬です。夜中に途中で目が覚めてしまう人や朝早く起きてしまう人、熟睡できない人に投与されます。睡眠薬には脳の機能を低下させることで眠気を促すタイプと自然の眠気を強くするタイプがありますが、ラメルテオンは後者のタイプ。せん妄を起こす可能性も低く、比較的安全な薬です」

 時差ボケや交代勤務の人の入眠改善に使われることが多い。眠気が残かったり、めまいや頭痛が出たりする場合があるが、夢をよく見るなど睡眠の質に関わる副作用は少ないとされる。しかも、メラトニンに作用する薬なので依存性が極めて少ない。そのため向精神薬に指定されておらず、多くの睡眠薬に見られる30日といった処方日数制限がない。

 添付文書では小児への投与は「低出生体重児、新生児、乳児、幼児または小児に対する安全性は確立していない(使用経験がない)」としている。

「恐らくAさんが疑義照会した総合病院の医師は薬に依存性がないこと、夜泣きがひどくて母親が追い込まれている状況にあること、薬の使用が禁忌にはなっていないことなどを総合的に勘案して比較的安全性が高く依存性が低いラメルテオンを選んで少量出したのでしょう。この薬は海外ではサプリメントとして使用されているようです」

■夜泣きに追い詰められた場合はどうする?

 赤ちゃんに眠らせる薬を飲ませることは積極的に勧められる話ではないが、それを決断しなければならないほどわが子の夜泣きに追い込まれる母親は少なくないという。

「抱っこしたり、おっぱいをあげたり、昼間にできるだけあやしたりしても、激しく泣いてしまうケースもあるのです。夜泣きにイライラした揚げ句、赤ちゃんに手を上げて叩いてしまい、“自分はダメな母親だ。母親失格だ”と泣きながら自分を責めて“死んでしまいたい”と言う母親もいます」

 いまの母親は出産ギリギリまで働くため、もともと体力がなく、夜泣きの時期に肉体的にも精神的にも限界を超えるケースもあるという。

「赤ちゃんに睡眠薬を飲ませるのは好ましいわけではありませんが、赤ちゃんの夜泣きに苦しむ若い母親を、ただ“我慢しなさい”と言って追い詰めるのもどうなのか。難しい問題です」

 病院では乳幼児を眠らせる薬を検査時などで使うことがある。

 ならば、“医師の処方の下でなら使ってもいいのではないか”という意見が出ても不思議ではない。

「乳幼児への睡眠薬投与は副作用で呼吸が止まってしまう危険性があり、医師の監視下での使用が鉄則です。赤ちゃんがぐずるから、夜泣きが激しいからといって親が飲ませることは積極的には勧められません。しかし、個別の事情で1回や2回なら出した方がいいのではないか、と迷うことがあるのも事実です」

 実際、複数の医師に聞いたところ、依存性のない睡眠導入剤などを出すケースはあるという。

 東日本大震災直後に不安・不眠・夜泣きを訴える子供が増えたとき、乳児から使える処方として「ペリアクチン」「アタラックスP」「ウインタミン」などが使われたケースがあった。これは特殊例だが、いまはあくまでも医師が慎重に判断し、赤ちゃんの体重に合わせた薬の量を厳格に調べることで初めて処方される。ただし、生後28日までの新生児には禁忌の薬もある。素人が勝手に判断しては絶対にいけない。

 実際、昨年3月に、当時21歳の若い母親が、生後17日の長男に睡眠導入剤や抗うつ薬を勝手に飲ませて意識障害に陥らせたとして逮捕された事件もあった。

 ちなみに乳幼児に眠くなる薬を飲ませたところで、すぐに寝てくれるわけではない。頭がボーッとしたりふらついたりするうえに眠りから目覚めたとき、不快感のため、ぐずりが激しくなる場合もあるという。

「当院にも年に数回問い合わせがありますが、原則として処方しません」

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