進化する糖尿病治療法

「適度な運動を行うようにしてください」と言わない理由

食器を片付けるくらいなら(写真はイメージ)
食器を片付けるくらいなら(写真はイメージ)

「適度な運動を行うようにしてください」

 こんなことを医師や看護師から言われたり、また健康雑誌やテレビ番組で見て、うんざりしたことがある人は多いでしょう。運動が体にいいことは分かっている。でも、忙しくて運動ができない、または膝や足首が痛くて体を動かすのがつらい……などなど。

 運動は確かに大切。脂肪燃焼効果があり、筋肉をつけて基礎代謝を高める運動は、取り入れてほしい項目のひとつです。

 さらに運動は、インスリンの働きを改善して血糖値を正常の範囲に保ったり、悪玉コレステロールを減少させ善玉コレステロールを増加させたり、ストレス解消になったり、骨粗しょう症を予防したり……。近年は、体の老化を促進させ、がんや動脈硬化などさまざまな疾患をもたらすといわれる「活性酸素」が、身体的不活動でも高まるという報告もあります。つまり、運動が体にいいことが、あらゆる方面から証明されているのです。

 ただ、臨床現場で多くの患者さんに接していると、「運動をやってください」がいかに効果のない言葉かを感じます。生活習慣病といわれている糖尿病、脂質異常症は元来、現代の忙しい生活などで運動習慣の継続が難しかったことも一要因となり、発症することが考えられます。そうなると医師や看護師の「運動をやってください」という言葉は、本人が分かっていてもなかなか実践できないものであり、三日坊主になってしまうことも。ややもすると「小言が多い医師だな~」と病院への足が遠くなり、治療中断につながってしまうこともあります。

 そういった経験もあり、私は「運動する」という言葉ではなく、「少しでも動くことを増やす」という言葉の方が、患者さんにはまだ響きやすいのではないかと考えています。 

■健康寿命を保つために

 現代人は圧倒的に座っている時間が長い。血糖値の高い患者さんでは、夕食後に数値が上昇しやすいのですが、「夕食後にソファに寝転がって、リモコンで面白いテレビ番組を探している」という方なら、「ソファに座ってテレビを見ましょうよ」と提案する。

 もしそれができるなら、「ソファに座る」よりは「食べた食器を流しへ運ぶ」方がいいですし、さらには「台所で食器を洗う」「洗った食器を拭いて食器棚に片付ける」などの方がいい。「食後の散歩」となると腰が重くなり「あすからでいいか」となりがちな人も、座ってテレビを見たり食器を片付けるくらいなら、やってみようかと思いませんか?

「動くことを増やす」ことを意識して欲しいのは、目の前にある肥満解消、生活習慣病改善だけが目的ではなく、健康寿命を保つため。フレイルやサルコペニアという言葉をご存じでしょうか? フレイルは日本語訳では「虚弱」で、加齢で心身が老い衰えた状態。サルコペニアは加齢などで筋肉量が減少し、全身の筋力低下および身体機能の低下が起こること。いずれも寝たきりになりやすく、健康寿命を短くします。

 日頃から体を動かす習慣を身に付けていれば、筋肉量も落ちにくい。同じ距離を歩くなら少し速歩きし、少しでも立っている時間を長くする。

 年を取りフレイルやサルコペニアが見られるようになってから体を動かす習慣を身に付けようと思っても、なかなか難しい。

 Aさん(52)のご両親は広島に住んでおり、どちらも80代。父親は若い頃から山登りが趣味で現在も友人たちと山登りに行ったり、自宅周辺を散歩したり活動的な毎日を送っているそう。

 一方、母親は50代くらいまでバレーボール選手として多くの試合に出場。事情があって数年休んだところ、復帰したときには体が思うように動かず、嫌気が差してやめてしまったそうです。それから運動は一切なし。運動どころか、自宅から歩いて7~8分のスーパーにも車で移動。体が衰えた今では、少し歩くのも「しんどい」。床から立ったり座ったりするのがつらく、自宅にソファセットを買ったそうです。

 バレーボールのような「運動」じゃなくていい。体を動かすことを増やそう。もっと前にそう伝えていればよかったと、Aさんは言います。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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