後悔しない認知症

若い頃から怒りっぽい人、威張る人ほど認知症の進行が速い

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 私はどういう局面においても、人に対して感情に任せて怒ったり、威張ったりすることがないようにと心掛けている。もともと温和で、偉そうな言動をしない人間だったわけではない。若いころに、そうした態度は人間関係を損ない、自分にさまざまなストレスを生じさせることに気づいたのだ。怒る、威張るという行為は、ほとんどの場合、相手の論理的な思考をシャットアウトすることにつながる。そうしたスタンスは直面する問題の解決を図ったり生産的なコミュニケーションを行ったりするためには、百害あって一利なしだ。だから、人に対してはできるだけ穏やかに、論理的なコミュニケーションで接するように心掛けている。

 ところが、世の中には湧き上がる感情に任せて怒る人、威張る人が驚くほど多い。国会中継などを見ていると、論理的整合性に基づいた生産的な議論はほとんどなく、感情的な怒りのぶつけ合いや権力者の不遜な態度ばかりが目について、呆れてしまう。

 そんな私が、長年、老年精神医学に携わってきて、認知症の進行について確信していることがある。それは、いったん認知症になると、若いころから怒りっぽい人、威張る人は認知症の進行が速いということである。当然のことだが、怒りっぽい人、威張る人は、人がだんだんと寄り付かなくなる。他人が寄り付かなくなれば、コミュニケーションの機会は減る。他人の話を聞いて、自分の意見を言う機会も減る。つまり、他人の話=情報の入力、自分の発言=情報の出力といった脳を悩ます機会が減るわけだ。

 自分の周りの人に照らし合わせて考えてみればいい。学校の先輩、定年退職した上司、親戚でもいい。怒りっぽい人、威張る人との関係は、いつの間にか疎遠になってしまうはずだ。そんなふうに周りから敬遠される人間は、認知症の早期発症のリスクが高まると言っても過言ではない。

 だから、あなたの親が認知症と診断されたら、まずは家での楽しい会話、知人との快適な交流を減らさず、機嫌よく生きてもらうことを心掛けるべきだ。コミュニケーション機会の減少は、認知症を進行させるのである。

■よく笑いコミュニケーションを楽しむことが大切

 以前にもこのコラムで紹介したが、認知症研究の第一人者で、自らの認知症発症を公表した長谷川和夫氏は、漫画家の東海林さだお氏との雑誌対談の中でこう述べている。

「人と話をするということは、ものすごく高度な能力を使います。相手の言うことを理解し、それに返事をする。これを繰り返すことは、とてもいい訓練になりますよ」(「オール読物」2019年11月号)

 さらに、認知症の人への接し方についてこう続けている。

「温かい心で接することが何よりも大切です。目線の高さを同じにして、遠いところからではなく、一メートル以内くらいの距離でお話しする。そして周囲の人も、認知症の本人も、よく笑うことがとても大事です。笑うと血液の流れも活発になります」(同)

 実際、私の経験から考えても、怒ったり、威張ったりせず、よく話し、よく笑う患者さんは、認知症の進行がゆっくりのケースが多い。診察の際に何かを尋ねても「忘れました、ハハハ」とアッケラカンと笑い飛ばす。当の本人はもちろん、周りの家族も怒ったり、塞ぎ込んだりしないことが大切なのだ。

 認知症になっても安心して暮らせる社会をつくるために、市民一人一人が支え合うことが大切であると述べた上で、長谷川氏は対談の最後に、認知症になることについて神様からのメッセージであるとして、こう述べておられる。

「大丈夫だよ、死ぬのはなんともないよ。だから安心していきなさい、怖がることはありません」

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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