がんと向き合い生きていく

朝食でパンを食べるとかつて乳がんと闘った患者を思い出す

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 かつて乳がんと闘ったジャーナリストの千葉敦子さんは、「がんの告知=本人が真実を知る」ということに対する日本人のパイオニアであったと思います。

 千葉さんが乳がんの手術を受けた1980年ごろ、医師は患者本人にがんの病状など十分な説明はしませんでした。千葉さんが入院された時、私は担当ではありませんでしたが、確かこんなことがあったと記憶しています。

 千葉さんはパンを好まれたようで、「ごはんをパンに替えて欲しい」と希望しました。しかし次の食事の時、メニューが洋食に替わるのではなく、ごはんがパンに替わっただけで、おかずは納豆でした。このことを千葉さんは週刊誌に書かれ、私はその記事を読んで「自分が勤めている病院はなんと気が利かない対応なのだろう」とがっかりしました。

 もちろんその後は改められ、今の入院食は旬の食材や行事食などの他に、抗がん剤治療時も患者さんの病状に合わせてメニューを考える工夫がされています。

■サプリメントでのイソフラボン摂取はお勧めしない

 納豆のお話に戻ります。大豆は日本人の食生活を支えていて、摂取する量は欧米人よりも多いことで知られています。豆腐、納豆などの大豆食品に多く含まれる大豆イソフラボンは植物性ホルモンといわれ、化学構造が女性ホルモンに似ています。

 イソフラボンは女性ホルモンの作用を阻害することで「乳がんを予防する効果があるのではないか」と考えられ、味噌汁などでの大豆摂取により、乳がんリスクの低下を示す疫学的研究があります。また、乳がんを発症している患者に対するイソフラボンの影響を調べた研究では、乳がんの再発や死亡を減少させる可能性があるとも報告されています。

 これらの結果を支持しない報告もありますが、少なくとも食事としての大豆摂取による悪影響はないと考えられます。ただ、サプリメントでの高用量のイソフラボン摂取は安全性が確立しておらず、控えた方がよいと思います。

 私事で恐縮ですが、朝食は、食パンにひきわり納豆(たれや醤油は使わない)、釜揚げしらす、時に小さく刻んだ黒ニンニク(臭わない)、そして一番上にとろけるチーズをのせて焼いています。コーヒーによく合い、おいしく気に入って食べています(栄養学的にどうなのかは分かりません)。しかし、家族はだれも同じようにしては食べません。がんを意識してというわけでもありませんが、私は、パンと納豆という組み合わせに、時々、千葉さんのことを思い出しています。

 私はこのトーストを毎朝食べますが、少し焦げができます。近所のレストランに勤務しているAさん(50歳・女性)は、幼い頃におばあさんから「おこげはがんになるから食べない方がいい」と言われたそうです。3年前から今のレストランに勤務していますが、そこのメニューに「おこげ」があり、とてもおいしいのですが、このことが気になっているといいます。「おこげ」や魚や肉の焼け焦げには確かに発がん物質が含まれるようですが、その量は非常に少ないのです。ですから、日常食べている程度ではまったく気にしなくてもいいそうです。

 牛・豚・羊などの赤肉や加工肉は大腸がんのリスクを上げ、食物繊維を含む食品が大腸がんのリスクを下げる――そのため野菜と果物を多く取ることが推奨されています。また、塩蔵食品は「胃がんのリスクを上げる可能性が大きい」と報告されています。

 最近は免疫力を高めてがんを治すとうたった食事やサプリメントが宣伝されていますが、私は勧めません。食事はバランスよく食べるのが重要です。糖質、タンパク質、ビタミン、ミネラルが不足しないことが大切ですし、過剰な塩分摂取、多量のお酒、野菜・果物不足はがんのリスクを高めます。

 おいしく、楽しい気分で食事を取るのが一番だと思います。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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