元看護師のDさん(64歳・女性)は、健診で肺に異常な影を指摘されました。某病院呼吸器内科を受診してCT検査を受けたところ「肺がん」で、さらに肺の中とリンパ節に転移があり、手術は無理でステージ4との診断でした。
Dさんの担当は若い男性のG医師で、内科専門医でした。G医師は、CT画像、その他の検査結果、治療法などをきちんと説明してくれるうえ、診察の最後には毎回「質問はありませんか?」と言ってくれます。そんな姿勢から、DさんはG医師を気に入っていました。
結局、Dさんは抗がん剤治療を選択することになり、最初は入院、その後は外来で点滴治療が4回繰り返され続いて内服の抗がん剤となりました。
Dさんは、がんによる症状はまったくありませんでした。しかし、抗がん剤の副作用が出て、注射では嘔気や食欲不振、内服の抗がん剤でも、口内炎や下痢などがありました。それでも、治療が効いてがんが抑えられていること、そしてG医師が親切にしてくれたこともあって頑張りました。
G医師は「Dさんには病状をしっかり説明してあるし、十分理解いただいている。コミュニケーションは良好だ」と思っていました。ところが、そうではなかった事態が起こりました。
外来診察でのある日、いつものように診察が終わって、Dさんが「先生、大丈夫です。頑張ります」と話して帰ろうとした時のことです。G医師は、「一度、ご家族とか看護師とか皆さんに集まっていただいて、Dさんの今後のことで話し合っておきたいと思うのですが……」と言いながら、机の引き出しから「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」と印刷された資料を取り出しました。
この表紙を見たDさんは、「人生の最終段階……」と読み上げたところで、「え! 先生! 私、そんなに悪いのですか?人生の最終段階って、もうそんなに生きられないのですか?」と驚いています。
G医師が「いや、そういうことではないのですが、でも、Dさんには肺がんでステージ4とお話ししていますよね」と説明すると、Dさんはこう答えました。
「はい、聞いています。でも、最終段階だなんてショックだわ。えー! もう、そんなに生きられないのですか? でも、最近、免疫療法でノーベル賞をもらった薬もあるんでしょう? 私は最終段階の話なんて聞きたくないんです。希望を持っていたいんです」
G医師は、「もちろん、Dさんの意思が尊重されることが一番大切です。分かりました。きょうはこのくらいにして、また相談しましょう」と話を終わらせながら、内心で「しまった。Dさんにはこのことは話すべきではなかった」と思ったそうです。
■アドバンス・ケア・プランニングが患者になじむのはまだまだ難しい
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という取り組みがあります。愛称は「人生会議」で、厚労省は人生の最終段階における医療・ケアの在り方としてこの取り組みを勧めています。
その目的は「患者の意向に沿った終末期療養の実現」で、「医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて医療・ケアを受ける本人が多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療・ケアチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則である」としています。
しかし、Dさんのように、「先のことは聞きたくない」という方もおられます。日本人では、自分の予後について聞きたい人が50%、聞きたくない人は30%という報告もあります。また、患者によっては、自分の最期について医師とだけではなく、他職種の数人で話し合うのを嫌う方もいらっしゃいます。
Dさんとの出来事もあって、G医師はACPが大多数の患者になじむのは難しいような気がしたそうです。
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