後悔しない認知症

「こんなになってしまって…」と嘆く親の鬱にどう接するか

写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 また、認知症のなり始めには、親の多くは自分が「必要ではない存在ではないか」という思いとともに「子どもにとって迷惑、負担になる存在ではないか」と考えがちだ。

「ここの費用は私の年金だけで足りているの?」

 ある知人はグループホームに入居していた母親から、施設を訪ねるたびにこう問われたという。

 50年近く看護師として働き抜いた女性である。彼女も「こんなになってしまって」が口癖だったそうだが、入居費用のことを問われるたびに知人は「大丈夫。すべてお母さんの年金ですんでいる。オレなんか、こんなところには住めないよ」と答えたという。すると母親はニッコリと笑ってこう言ったという。

「この部屋、私が死んだら、あなたにあげるから」

 認知症の彼女は自分が購入した部屋に住んでいると思ったのだろう。知人はこう答えた。

「ありがとう。うれしいね。でも長生きしてくれよ」と。

 母親は満面の笑みを浮かべていたという。親が「ただ生きていること」を生き甲斐にして機嫌よく暮らしてくれるのは、子どもにとっても喜びだ。親もまた子どもの喜ぶ顔をいつまでも見続けたいと願っているのだ。

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和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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