上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

AIを使った心臓分野の診断が実現する日はそう遠くはない

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓疾患の分野でもAI(人工知能)を使った診断の研究が急速に進んでいます。

 理化学研究所と昭和大学などの共同研究チームは、胎児の先天性心疾患を出生前に見つける「胎児心臓超音波スクリーニングシステム」を開発しました。正常な胎児の心臓の超音波画像2000枚をAIに学習させ、妊婦健診で超音波検査を行う際に正常なパターンから逸脱した心臓の異常を検知します。今後は数十万枚の画像を追加させる予定で、さらに精度が上がると期待されています。

 心房中隔欠損やファロー四徴症といった先天性心疾患は出生児の1%に起こるといわれます。そのほとんどは、すぐに命の危険があるわけではないのですが、新生児死亡要因の約20%がそれに当たり、早期発見できれば出生前からさまざまな対策や治療計画を講じることができます。

 小倉記念病院では、心筋梗塞や狭心症を引き起こす冠動脈の詰まりをAIを使って診断するシステムの開発を進めています。これまでのCT検査で撮影された約2万枚の心臓画像を取り込んで、心筋梗塞につながるような特徴的な冠動脈の詰まりをAIに学習させ、新たな患者の早期診断に役立てるものです。

 こうした先天性心疾患や冠動脈の詰まりは、AIを使った画像解析を導入しやすい病態といえます。臓器に構造的な均一性があるうえ、個体差の少ない比較的安定した画像が得られるからです。

 正常な胎児の心臓の構造は個体差が少なく、弁や血管といった部位はほぼ同じ位置にあります。成人の心臓も大きさはほぼ一定ですし、冠動脈の本数も大きくわけて3本で、4本も5本もある人はいません。直径についても3~6ミリ程度の違いだけで、細い人は最初から細いままで途中から太くなるようなことはありません。いずれも正常な状態がある程度決まっているため、取り込んだデータから“異常”を検知しやすいのです。

■心房細動で活用するための研究を進めている

 順天堂医院でもAIを使った心房細動の診断ができないかどうかを模索しています。高齢化が進む日本では、60代の2%、70代で4%、80代になると8%が心房細動を発症するといわれていて、これからますます患者さんが増えるのは間違いありません。

 心房細動は命に関わるような脳梗塞や心不全の発症リスクをアップさせますし、それらを予防するために使われる抗凝固剤は高額な薬なので、それだけ医療費がかさんでしまいます。それがAIを使って早い段階で心房細動の発症リスクを予測できれば、予防のための効果的な治療を行える可能性が出てきます。

 そのための切り口として、これまで行われてきた多変量解析などの統計的手法によって導き出された論文をすべてニューロコンピューターに読み込ませ、どこを探っていけば心房細動の発症リスクを高い精度で予測できるのかを回答させる。同時に、これまで蓄積されてきた患者さんの膨大な臨床データを打ち込んで、どんな項目が心房細動の発症リスクをアップさせるのかを探っていく。両方からのアプローチが必要だと考えています。

 日本と同じく高齢化が進む欧州でも、心房細動に対する新たな切り口が研究されています。ただ、心房細動が起こす脳梗塞や心不全の特効薬や、効果的な治療を行えるようなカテーテルなどのデバイスといった「治療」が主流といえます。

 当院でも心房細動に対する新たなアプローチを研究していることを知った欧州の研究チームからコンタクトがあったので、スタッフを派遣し、共同でさまざまな研究を行っているところです。いくつか興味深いデータが揃いつつあり、AI診断に活用できるかもしれません。

 当院では、糖尿病内科でもAI診断を見据えた準備が進んでいます。すでに、一見、糖尿病とはまったく関係ないようなありとあらゆる患者さんのデータを取って蓄積しています。将来的にAIを搭載したコンピューターにすべてのデータを取り込んで、診断に役立てようという試みです。AIが医療の現場でフル活用される日がもうそこまで来ているといえるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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