がんと向き合い生きていく

誤った情報を信じてせっかくの人生を無駄にしないで欲しい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 3年前に大腸がんの手術を受けたRさん(60歳・男性)のお話です。お会いした時、顔は痩せて腕も細くなっていて、上腹部は異常に膨らみ、皮膚には静脈が浮き出ていました。「あまり食べられないんです」と切り出した後、休み休み呼吸を整えるようにしてこう話されました。

「3年前、大腸のがんは手術で取れたのですが、この時すでに肝臓に転移があったのです。この転移したがんは、ほかの病院で直接針を刺して焼くラジオ波の治療をしてもらいました。でも、繰り返し治療したのですがだんだん転移の数が増え、大きくなって、担当医から『もうこのラジオ波治療は無理』と言われました。その後6カ月間は何も治療はせず、ここ3カ月はお腹が張って、苦しくて食べられなくなってきました」

 私は「ラジオ波をやってくれた担当医は、他の病院を紹介するとか、抗がん剤治療を勧めなかったのですか?」とたずねました。するとRさんは「担当医はラジオ波治療が専門で、他の治療はしないと聞きました」と言います。

 その担当医は、患者の体全体のことを考えたらがんの塊を焼くだけでは済まないことは分かっているだろうに、自分の専門のことだけをやっていればよいと思っているのか。Rさんの話を聞いていて、私はだんだん腹立たしくなってきました。 さらにRさんは、「抗がん剤は効かないという医師の本を読んで、抗がん剤治療は受けないことにしました」と言われるのです。

 これだけがんの治療薬が発達し、たとえ薬だけでは治癒しなくとも治療によって生活の質は向上し、生存期間が何倍にも延びている時代なのに……Rさんは誤った情報を信じた犠牲者だ。いまのRさんの状態はとても悪い。これ以上、Rさんに担当医のことを問うのは気の毒に思いました。

■最も効く治療法を選択できたはず

 この10年、大腸がんに対する抗がん剤治療と分子標的薬は目覚ましい効果を認め、大腸がんのステージ4、肝転移や肺転移があっても、生存期間の中央値は30カ月以上、手術とうまく組み合わせれば治癒した患者さんもいらっしゃいます。

 都立駒込病院ホームページの大腸外科の紹介では、「大腸がんは肝転移があっても根治し得る可能性のある疾患です。切除不能の肝転移でも、分子標的治療薬と全身化学療法の併用により縮小化を図り、改めて切除することによって良好な成績を上げています」と記載されています。

 Rさんの衰弱した厳しい状態と、採血の検査データでは肝機能、腎機能が悪く、もう抗がん剤治療が無理なのは明らかでした。本来なら、大腸がんの組織のラス遺伝子などの結果から、最も効く治療法を選択できたはずなのに……。そうすればいまは元気でいられただろうに。いまの医学の進歩の恩恵を受けられないことを誠に残念に思いました。

 Rさんは「つらくなく過ごせたらいいのです。自分に責任があるのですから」と言われます。

 ある医師の著書には「抗がん剤が効くというのは、がんのしこりを一時的に小さくするだけで、がんを治したり、延命に役立ったりするわけではありません。……かたまりを作る固形がんには、抗がん剤はまったく無意味。つらい副作用と寿命を縮める作用しかありません。……がんはできるだけ放置したほうが、ラクに長生きできます」とあります。しかし、この「放置療法」などと書かれてあることは大間違いです。

 がんの患者さんは、セカンドオピニオンなどでも、どうか信頼できる情報を得て、納得して、しっかりがんと闘ってください。間違った情報で、せっかくの人生を無駄にしないでください。

 その後、Rさんは入院して、いまはつらさが少しは緩和されていますが、もっと元気に生活できたはずです。私はとても悔しく思うのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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