上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「貧血」の裏に深刻な心臓疾患が隠れているケースがある

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「貧血」というと、疲れ、だるさ、立ちくらみといった症状が表れる程度で大したことはないと軽視されがちですが、甘く見てはいけません。心臓疾患と大きな関係があり、最悪の場合は死に至る危険もあるのです。

 貧血とは、血液中の正常な赤血球の量が少なくなっている状態を指し、赤血球に含まれるヘモグロビンの量も低下します。ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ役割があるため、貧血になると細胞が酸欠状態になり、不調が表れるのです。

 貧血が起こる原因はさまざまですが、その約70%は体内の鉄分不足による「鉄欠乏性貧血」です。女性であれば生理の際の出血量が多いと起こるケースもありますし、子宮筋腫が隠れている場合もあります。消化管など体内のどこかで出血していて血液量が少なくなることでも貧血が起こります。

 貧血になると、心臓の拍動数が増加して鼓動が激しくなる「心悸亢進」という症状が表れます。貧血による体内の酸欠状態をカバーするため、心臓が必死に働いて少しでも多く血液を循環させようとするのです。その分、心臓には大きな負担がかかるので、狭心症や心筋梗塞、心臓弁膜症では心不全といった心臓疾患を発症しやすくなってしまいます。

 貧血気味だなという人で、息切れ、胸苦しい、立ちくらみといった症状がある場合は、心臓疾患が隠れている可能性があります。家族歴や既往歴を確認して、心臓疾患の疑いが晴れないようなら専門医を受診したほうがいいでしょう。

■貧血だけを改善すればいいわけではない

 逆に、心臓疾患があることで貧血が起こるケースもあります。比較的見られるのが「溶血性貧血」です。心臓弁膜症の手術を受けて人工弁が入っていたり、小児期の心臓奇形などの手術で心内パッチを当てているといった「心臓の中に人工物がある人」は、経年劣化や縫合した部分が外れてしまう場合があります。そうしたトラブルが起こった箇所は血液が通過する部分が狭くなり、血液はフラグメンテーションと呼ばれる機械的な摩擦を受けてしまいます。すると、赤血球が壊れて溶血という状態が起こるのです。

 健康な人の赤血球の寿命はだいたい120日程度です。しかし、機械的な摩擦を受けていると寿命が2週間~1カ月くらいに短くなってしまいます。ヒトは120日の寿命に合わせて新しい血液をつくっているため、血液の供給が間に合わなくなってしまうのです。

 赤血球の成分であるヘモグロビンが壊れるとヘモジデリンになり、さらにビリルビンに代謝されます。その成分が体内に蓄積すると黄疸などの症状が表れます。こうした機械的な貧血は、心臓手術後の後遺症のひとつです。

 また、心臓疾患が悪化して慢性心不全のような状態、とくに右心不全になると貧血を起こすケースもあります。右心不全は、心臓手術の後遺症としての三尖弁閉鎖不全症や、先天性心疾患で何度も手術をする根治療法を行った場合などで起こりやすくなります。

 手術を受けた影響で右側の心臓=右心系が受ける圧力が高くなると、肝臓がうっ血している状態を招きます。肝臓は古くなった赤血球を処理して再利用するためのシステムを担っています。肝臓がうっ血しているとその働きが落ちてしまうため、使えなくなった血液がどんどんたまるうえ、造血能力も衰えます。すると、貧血になって血液の酸素化不良などさまざまな血液学的な不備が起こり、息切れなどの症状が表れるのです。

 ほかにも、感染性心内膜炎などの心臓が原因で起きているような感染症がある場合、通常よりも心臓が必死に働かなければならなくなります。そうなると、生体内の鉄、銅、亜鉛といった金属成分が多く消費され、鉄欠乏性貧血を招きやすくなります。

 心臓疾患があることで、密接な関係にある腎臓の機能が悪くなり、「腎性貧血」を起こすケースもあります。心臓疾患があり、薬で何とか治療ができている状況で腎性貧血が進むと、心臓に大きな負担がかかって狭心症が出やすくなったり、大動脈弁狭窄症の人は循環血液量が減って突然死を招きやすくなる場合もあるのです。

 心臓疾患が要因の貧血がある人は、輸血などで貧血を治せばそれで問題ないというわけにはいきません。貧血を起こしやすくしている心臓の状態を改善する必要があるので、手術やカテーテル治療による改善が検討されます。

 貧血は深刻な病気のサインかもしれませんので、早く気づいて原因に応じた治療を進めることが肝要です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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