後悔しない認知症

大事なのは子供や周囲の「幸せに生きてほしい」という気持ち

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「とにかく、いろいろなことが面倒くさくなりましたね」

 半年ほど前に軽度のアルツハイマー型認知症と診断された知人が言う。80歳。診断を受け入れ、症状の進行を抑える効果が認められているアリセプトを服用している。彼はこれまで長年にわたって自己啓発に関する著書を数多く世に出してきた。ある日「それでも何とかここまでやりました」と近々刊行予定の著書のゲラ(完成前の試し刷り)を見せてくれた。赤い字で加筆、修正がなされていた。少し読ませてもらった限りでは、ロジックにも文章表現にも、不可解な点は見られない。さらに、文筆業を生業にするだけあって、自分の現状に関しても、いたって冷静な判断をする。「認知症に関する本を読みました。症状として『意欲の低下』が見られるとのことでしたが、まさに私が感じていることです」と語り、こう締めくくった。

「これからも依頼があれば、死ぬまで現役を続けていきたいですね」

 そのスタンスは見事である。実際、脳の「残存能力」は、かなりのものと推察した。

 これは彼に限ったことではない。認知症を発症してもさまざまなスタイルで「現役」を続ける高齢者は多い。例えば人手不足が深刻な農家、地方の個人経営の商店などでは、立派な労働力となっている。若い頃に培った知識やスキルが十分に役立っているのである。また、都市部でも幼児や小学校低学年を対象とした「読み聞かせ」や英語のレッスン、地域イベントなど、さまざまなボランティア活動を行っている高齢者も多い。こうした活動は、本人はもちろんのこと、周囲の認知症に対する正しい理解があるからこそ成り立つ。すなわち、「もうできないことはあるが、まだできることがある」わけだ。「もうできない今」を嘆くのではなく「まだできる今」を愛でるという本人と周囲の共通認識である。本人にとっては、この「まだできる」は脳を使い続けることで認知症の進行を抑える効果もある。

■6つの「やってはいけないこと」

 この連載は今回をもって終了となるが、連載のタイトルに沿って、これまで述べてきたことを整理してみよう。

 まず[やってはいけないこと]は◇親の「今」を嘆く◇親の言動を否定する。問い詰める◇感情的になる◇家に閉じ込める◇会話を避ける◇不機嫌な顔で接する。そして「やらなくてはいけないこと」は◎信頼できる専門医の診断を仰ぐ◎親の「今」を受け入れる◎話を聞いてあげる◎理性的に対応する◎言動を頭から否定しない◎趣味を続けてもらう◎できる限り外出させる◎会話の機会を増やす◎笑顔で接する、などである。

 これまで、たびたび述べてきたように、何よりも子どもは認知症の親に機嫌よく生きてもらうことを考えるべきだ。もちろん、高齢者本人が「どうしたらボケを防げるか」というスタンスも大切だが、認知症と診断された高齢者に対しては「どうすれば機嫌よく生き、幸せになってもらうか」を最優先させるべきなのだ。数多くの認知症の高齢者と向き合ってきた精神科医としてはそう考える。

 認知症になっても感情は失われない。認知症を恐れたり、拒絶して接すれば、親にストレスを与えてしまう。とにかく機嫌よく生きてもらうこと。「ボケもかわいいもんだ」と受け入れ、ネガティブな言動は封印し、さまざまなシーンで「おいしいね」「楽しいね」「よかったね」といったポジティブな言動で接すること。そうすれば親の機嫌はよくなり、幸福感に浸ることができる。そうした時間を増やすことが、結果として認知症の進行を抑えることにもつながる。

 子どもや周囲の「長生きしてほしい」という思いが込められた言動は親を幸せにする。ボケても幸せな人生を送る人は、見守る家族や周りの人たちの正しい理解、そして温かな気持ちに支えられているのである。 (おわり)

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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