上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

米国での「感染性心内膜炎」の増加は現代社会への警鐘

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 米国で薬物乱用に関連した「感染性心内膜炎」の発症が急増しているという報告がありました。

 米クリーブランドクリニック循環器内科の研究によると、米国における感染性心内膜炎の発症は、2002年が1万人当たり18人だったのが、16年には同29人に増加。感染性心内膜炎の患者100万人を対象にした分析では、薬物乱用に関連した感染性心内膜炎の割合は、02年の8%に対し、16年には16%と倍増していることがわかったといいます。

 感染性心内膜炎は心臓の内部の構造物に細菌が取りついて起こる感染症で、とりわけ弁膜に巣くって弁を破壊し、心臓弁膜症や心不全を引き起こします。

 また、取りついてできた細菌の塊が体のあちこちに飛んで“悪さ”をします。脳に移動すれば脳梗塞の原因になりますし、移動先の血管で動脈瘤をつくり、破裂すれば突然死を招くケースもあります。

 薬物乱用が大きなリスク因子であることがわかっていて、不衛生な注射器で静脈注射を繰り返すことによって細菌が侵入しやすくなったり、鼻粘膜が弱くなることでも感染リスクを上昇させるのです。

 そのうえ免疫力が落ちていると、普段なら排除される細菌が体内に居座って感染性心内膜炎につながり、さらには重症化しやすくなります。今回の報告でも、発症した人の多くがもともとHIVやC型肝炎ウイルスに感染していたり、アルコール依存症だったといいます。やはり、免疫力の低下がベースになっているといえるでしょう。

 薬物乱用なんてしていないから心配ない……というわけでもありません。糖尿病、腎臓疾患、肝臓疾患といった免疫力が落ちてしまう基礎疾患がある人や、心臓弁膜症で弁を交換する手術を受けたことがある人、アトピー性皮膚炎や膠原病などで強いステロイド剤を使用している人らは注意が必要です。

 風邪や外傷で血液内に細菌が侵入して心臓内に感染巣をつくったり、腸管、皮膚、口腔内、鼻腔内といった体にすみ着いている「常在菌」が日和見感染を起こして感染性心内膜炎につながるケースもあります。虫歯で歯科治療を受け、ミュータンス菌や口腔内の常在菌が血管内に侵入して発症する例も少なくありません。

■細菌感染しやすい条件が揃ってしまった

 近年は、「卵円孔開存」という生まれつき右心房と左心房の間に小さな穴=卵円孔が開いている心臓の構造が、感染性心内膜炎と関わっていることがわかっています。右心房と左心房の間の穴を通して静脈血と動脈血が行き来して混ざり合い、静脈血に入り込んだ細菌が左心房に到達して弁に取りついてしまうリスクがアップするのです。

 また最近は、心臓の弁のうち三尖弁や僧帽弁のつくりが全体的に脆弱になってきている印象があります。それによってもともと少しだけ血液の逆流がある人が増えているため、血液内の細菌が心臓に感染しやすくなっていると考えられます。

 こうした細菌感染が起こりやすい心臓の構造の変化があり、そこに免疫力を低下させる生活習慣病や薬物乱用が加わることで、感染性心内膜炎が増える条件が揃ってしまったのが現状だといえるでしょう。

 これは日本で今年、頻発した豪雨災害と同じような構造をしていると感じます。まずは、地球温暖化という全体的な環境の変化によって、台風の性質が大雨を降らせる雨台風に変わってきている傾向があります。そこに、明治時代に造られた堤防や護岸の多くが経年劣化で耐久性が落ちているという条件が重なり、これまでなら乗り切れた台風に耐えられず、河川の氾濫が相次ぎました。これは、気象と治水との全体的な防災バランスのトレンドを読み切れずに対応できなかったということです。

 感染性心内膜炎が増えている状況も、人体、生活習慣、社会情勢というトレンドの変化によって、体の中の防災構造が対応し切れなくなっているから起こっているといえるでしょう。

 今回の米国の報告には、現代人と現代社会が抱えるいくつもの問題が含まれていて、それらに対するひとつの「警鐘」だと考えられます。次回、さらに詳しくお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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