東大医学部卒の教授が語る 5年後治る病気・死ななくなる患者

2019年から「がんゲノム医療」が始まった
2019年から「がんゲノム医療」が始まった(C)日刊ゲンダイ

 医療はあと数年で完成期に入り、「死なない」時代がやってくる。そう主張するのが、「Die革命」(大和書房)の著者で埼玉医科大学客員教授の奥真也医師だ。東大医学部を卒業、仏国立医学研究所に留学、東大医学部付属病院22世紀医療センター准教授などを経てビジネス界に転身。製薬会社、医療機器メーカーなどに勤務した経歴を持つ。そんな奥医師は、現在の医療は9合目で、医学が完成すれば、死の脅威をもたらす病気はほとんどすべて姿を消すと予測する。では、5年後に治る可能性があるのはどんな病気なのか?

「多くのがんが、死なない病気になるのは間違いありません。すでに手術や放射線、抗がん剤など確立した治療法の組み合わせで治るがんは増えていて、がんの特徴的な構造に注目し、そこを攻撃する分子標的薬の登場で個別のがん種に対応できるようになりました。さらに、人間が元来持つ免疫力を目覚めさせ、これまでがんを敵と認識していなかった免疫力に改めて頑張らせる免疫チェックポイント阻害剤が加わり、寛解するがんが増加しています。なかでも劇的に改善する可能性が高いものの代表格は膵がんです。10年相対生存率(がん以外による死亡を除外したもの)が80%以上の前立腺、甲状腺、子宮体、乳がんなど加え、大腸、胃がんは治る病気に入っていくと考えられます」

 実際に臨床の現場にいる患者や医師は「そんなに単純な話ではない」と言うかもしれない。しかし、今年4月に公表された、がん全体の10年相対生存率は56・3%。2002~05年の新規がん患者約7万人を対象とした数字(別表)。免疫チェックポイント阻害剤オプジーボが日本で保険適用されたのは14年で、個人のあらゆるがん関連遺伝子を調べて患者個別治療を目指す「がんゲノム医療」が始まったのは今年から。本人の免疫細胞を遺伝子改変して体内に戻してがん細胞を攻撃させるCAR―T療法が血液がんを対象に始まったのも今年だ。

■劇的に治癒率が上がる可能性がある「がん」とは

 これからのがん患者はこうした革新的ながん治療法に加えて、この先数年で出てくるさらに進んだがん治療法が使えるようになる。

「がん細胞に感染して自己増殖し、がん細胞を溶解させてしまう特殊なウイルスを使った薬や、設備が安価でどの病院にも導入しやすく、副作用も少ない世界的に注目される光免疫療法なども登場しそうです。新たなマーカーによる早期がん発見の血液検査、AIの特長をフル活用し、革新的進化が今後予想される画像診断、人の手が入りづらい場所でも正確に手術できる『ダヴィンチ』に代表されるロボット手術も確実に進歩するでしょう」

 転移がんについても近年非常に多くのことがわかってきているという。

「転移巣は、がんが最初にできた原発巣と同じ性質だと考えて行われてきました。それ自体は間違いないのですが、だとしたら、転移しても生き残る人と亡くなる人がいるのは不思議です。転移がんには、未知の特徴があるのではないか、という発想による研究が急速に進んでいます。これに関与するのが、エクソソームです」

 エクソソームとは、体のなかに存在するいろいろな細胞から分泌される顆粒のこと。近年、遠く離れた細胞に情報を伝える役割を担っていることが解明されている。がんが転移する際に、エクソソームが元のがん細胞の情報を伝える働きをする。これを阻害して転移させない研究も進んでいる。

「ここに紹介した技術は、臨床応用のゴールが近いもので、人を対象とした治験が進行しています。創薬や医療機器開発のトレンドから5年後には実用化されている可能性が高いものです。進行中の治験が期待通りの結果を出したら、という条件付きではありますが、体の奥底にあって発見が遅れがちで、手術も難しく、再発も多い膵がんを含め、がんの治癒率は格段に上がると考えています」

 ただ、これからの「治る」は、いまの患者の多くが期待している意味とは根本的に異なることを理解する必要があるという。

「大多数の病気は、病気前の状態に戻るという意味の『治った』にはなりません。医師は、治療で生命の危機を脱し、平穏に日常生活を送る状態を維持できるようになれば、治ったと考えています。今後の医療は病気と共存する『多病息災』を目指すことになるのです」

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