がんと向き合い生きていく

手術が年明けに…患者は年末年始をどんな気持ちで過ごすのか

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 毎週、各科が集まってのカンファレンスで、12月になると気になることがあります。新しくがんと診断された患者についてです。

「12月中の手術予定はいっぱいです。手術は年が明けてからになります」 こんな感じで、実際に手術が1月下旬になることもあります。

 もちろん、中でも進行が速いと判断されるがんは早く手術予定が組まれます。ただ、固形がんは普通はそんなに速く進行はしませんから、治療上は問題ありません。それでも、「手術予定が新年になった患者は、この正月をどんな気持ちで過ごすのか?」がとても気がかりなのです。

 やはり落ち着かなく過ごすのだろうか? 中には「手術が終わって退院した時が正月だ」と気持ちを切り替える方もいらっしゃいます。しかし、心の奥ではとても気にしながら正月を過ごされるのだと思います。「できれば年内に手術を終えて退院して、晴れて正月を迎えたい」と誰しもが思うでしょう。

 かつて私が勤務していた病院では、12月25日のクリスマスが近くなると「ベッドが満床だから」といった理由で、新しく診断された急性白血病患者、手術が困難になった重症ながん患者が大病院からも送られてきました。失礼な言い方になってしまいますが、当時の私にとっては毎年確実に来るクリスマスプレゼントでした。診療科のグループで年末年始の勤務予定表を作っていても、まったく関係なく毎日出勤になりました。

 とりわけ、急性白血病患者が紹介されてきた場合は大変です。まず、正月中の特殊な輸血の確保が急務です。赤十字血液センターに、供給をお願いする血小板や新鮮血などの輸血予定の単位数を申し込みます。

 紹介されてきた患者の「生きたい」、われわれ医療者の「生かしたい」という一念で、闘いは早急に始まります。個室で強力な抗がん剤治療が開始され、ほとんど毎日採血を行って白血球数や血小板数などで病状を把握し治療します。

■かつては病棟でクリスマス会も

 そんな忙しい中でも、私が長く勤務した「がん病棟」では、毎年クリスマスの1週間前のある日の午後にちょっとしたクリスマス会が行われていました。廊下に机を並べ、一人一人用意した紙の皿にショートケーキを置き、患者に座ってもらいます。そして、電気を消してろうそくをともし、ジュースを飲んだりケーキを食べたり、サンタクロースの格好をした看護師がハンドベルの演奏をしました。

 そして12月24日の夜には、ろうそくを手にした看護師が「きよしこの夜」を優しい声で歌いながら、穏やかに廊下を回ってくれました。重症者の個室では、数人の看護師が患者のベッドの周りに集まり、小さな声で歌います。涙を流しながら聞いている方もいらっしゃいました。

 宗教とはまったく関係ない病院でも、一時的だとはいえ多くの入院患者は「心の安らぎ」を得られたのだと思います。

 正月になると、歩ける患者の多くは外泊されました。気になるのは、正月も家に帰れない患者の気持ちです。大部屋でひとり、周囲のベッドが空いている状況で過ごすのです。

 ただ、中には華やかな和服を着た娘さんが、家に帰れない父親に披露しに来ることもありました。重症患者の治療で毎日病院に来ている私は、外泊できないでいる患者と新年のあいさつをしたり、冗談を言い合ったりしました。

 いまほど医学が進んでいないあの時代、それでも看護師と一緒に患者の「心」を一生懸命に考えました。医療が進歩したいまは助かるがん患者も多くなりました。しかし、まだまだがんで亡くなる方は少なくないのです。

 しかも、大病院では入院日数が短くなり、治療が難しくなった患者でも、たとえひとり暮らしでも、在宅療養を勧められることがあるようです。急変の時は病院が受け入れてくれますが、正月には「ひとり暮らしされているがん患者の心と体は大丈夫か……」と気になるのです。

■本コラム書籍「がんと向き合い生きていく」(セブン&アイ出版)好評発売中

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事