手術はなくなる?心臓弁の交換や動脈硬化はカテーテルで治療

 心臓の機能が低下する心不全は「いずれ死ぬ病気」と思われてきた。ところが、「そうではなくなる」というのが「Die革命」(大和書房)の著者で埼玉医科大学客員教授の奥真也医師だ。東大医学部卒業後、同大付属病院22世紀医療センター准教授などを経てビジネス界に転身。製薬、医療機器などの会社で勤務経験を持つ異色の医師はなぜ、そう考えるのか。

「弱った心臓のパーツを蛍光灯のように交換する技術が進み、心不全になる前に原因となる病気を治療できるようになっているからです。既に、心臓弁を交換する外科手術は確立していますが、手術リスクがあり、必要な人すべてが受けられるわけではありませんでした。しかし、いまは他の疾患や心臓手術後の再手術、持病の薬などの理由で大がかりな開胸手術に耐えられないとされた人でも受けられる、体に優しい手術法が登場しています。また、補助人工心臓やiPS技術を使った心筋シートなど心臓のパーツ開発も進んでおり、今後、心不全で亡くなる人は減っていきます」

 高齢者に多い慢性心不全の代表的な原因が「僧帽弁閉鎖不全症」だが、2018年4月に新治療法が保険適用になった。

「僧帽弁とは心臓の左心房と左心室の間にある大きな2枚の弁で、血液の逆流を防止してくれます。これがうまく閉じないと、左心房から左心室に流れる血液の大部分が逆流し、左心室に負担がかかり、息切れや不整脈などの症状があらわれます」

 僧帽弁閉鎖不全症の患者は、発症から5年程度で動悸や立ちくらみ、全身の倦怠感を引き起こす心房細動を発症して重篤な心不全に移行したり、ペースメーカーが必要な強度の不整脈を起こしたりする。心房細動による脳梗塞も多い。統計上は発症10年程度で9割が心臓死するか、外科手術が必要となるとされる。

 この病気を開胸手術せずにカテーテルで行うのが「経皮的僧帽弁接合不全修復術」だ。先端にクリップの付いたカテーテルを下肢静脈から挿入し、不具合の生じた2枚の弁をクリップで留め、逆流を制御する。

 心臓の左心室の出口にある弁が動脈硬化などの原因でうまく開閉できなくなると出口が狭窄する。これが大動脈弁狭窄症だ。うまく血液を送り出せないだけでなく、狭い出口に血圧がかかるため心臓の筋肉が肥大する原因にもなる。これを解決する新時代の技術TAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)は13年に保険適用になった。傷んだ大動脈弁をカテーテルで人工弁に取り換える治療法だ。

 一方で心臓突然死の大半を占める「虚血性心不全」にも新たな治療法が登場、普及しつつある。虚血性心疾患とは心臓に十分に血液が供給されず、心臓の筋肉自体が貧血状態になる病気のこと。狭心症と心筋梗塞があり、前者は心臓に向かう冠動脈が動脈硬化などで狭くなっている状態、後者は冠動脈が詰まり心臓の筋肉が壊死した状態を指す。

「高齢者だけでなく、最近は40~50代の患者さんも増えています。喫煙、食生活の乱れ、ストレスなどで血管が傷つくことによる動脈硬化や血栓が原因です。治療法としてカテーテルを用いてバルーンで血管を広げたり、ステントという金属管で広げた血管を維持したり、局所に血栓溶解剤を流すなどを行う経皮的冠動脈治療(PCI)があります」

 高度に石灰化した動脈硬化には「ロータブレーター」治療が行われる。カテーテルの先端に高速回転する人工ダイヤモンドをとりつけて閉塞部分を削り取り、血管内を広げる治療法だ。

「心臓を丸ごと人工心臓に置き換えるにはまだ時間がかかりそうですが、劣化した心臓のパーツを人工物に置き換える技術は進んでいます。ポンプ機能を代行する補助人工心臓(VAD)は、実用域に入り始めています。17年には重症心不全の患者に対して新しいタイプの植え込み型補助人工心臓が開発され、治療の国内初成功例が大阪大学から発表されました。感染などの問題が起こりにくく、患者の日常生活の制限がないのが特徴です。小型のポンプをカテーテルで心臓の左心室に埋め込むことで動かなくなった心臓の代わりに全身に血液を送る装置も同年に保険適用になりました。iPS細胞由来のシート状に調整したものを心臓表面に移植し、弱った心臓の筋肉を復活させる治療法の開発も進んでいます」

 次世代エース級とされる慢性心不全治療薬の使用も15年から米欧で始まっている。心臓を保護する神経ホルモンの機能を促進し、過剰に活性化したレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)を抑制するものだ。日本でも19年夏に承認申請された。

 心不全も克服できる疾患になりつつあるのだ。

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