がんと向き合い生きていく

がん予防や効く薬を探す 遺伝子検査は確実に進歩している

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 主婦のFさん(45)は3人姉妹の“真ん中っ子”です。6年前に膵臓がんで父を亡くし、4年前には乳がんで母を亡くしました。その頃から乳がんが心配になり、3姉妹連れだって乳がん検診を受けています。今年になって、妹が「乳がんの疑い」と言われたのですが、いまのところがんの診断は確定せず経過観察だそうです。

 また、先日は姉の夫(53)が進行した大腸がんで手術を受け、現在、抗がん剤治療中だといいます。ただ、これまでの抗がん剤が効きにくくなってきて、最近は抗がん剤を選ぶために遺伝子検査をしているというのです。

 Fさんからこんな質問がありました。

「遺伝子検査でがんが遺伝するのかどうかが分かると聞きましたが本当でしょうか? それから、遺伝子検査で効果的な抗がん剤を選べるのでしょうか?」

 私はまず、「遺伝するがんの遺伝子検査」と「がん組織の遺伝子検査」は違うので、分けて考えるように話しました。そして、遺伝するがんの遺伝子検査についてこんな説明をしました。

 2人に1人はがんになる時代ですから、親戚にがんの人がいない方がまれかもしれません。遺伝するがんはたしかにありますが、はっきり遺伝すると分かっているのはがん全体の数%にすぎません。たとえば、家族性の乳がん・卵巣がんになりやすいといわれる遺伝子変異が分かっています(遺伝性乳がん卵巣がん症候群=HBOC)。

 もし、この遺伝子変異を持っていると、生涯のうちに乳がんや卵巣がんになる可能性が高いのです。このような遺伝するがんの遺伝子を持っているかどうかの検査は、採血して血液を調べます。「遺伝子カウンセリング」ができる病院で相談されたほうがいいでしょう。

 HBOCは、有名なハリウッド女優ががんになる前に乳腺を切除したことで話題になりました。その後、日本でもHBOCと分かったら乳腺と卵巣を予防的に切除する方がいらっしゃいます。たとえば、HBOCの患者さんが乳がんになった場合、対側の乳腺にがんがなくても切除する、また卵巣を切除するなど、がんの予防的手術を行うことでその後のがんリスクを減らすことになるのです。2020年度からはHBOCの患者さんの予防手術が保険適用されることになりました。

■遺伝子パネル検査は2019年から保険適用に

 次に、効果的な抗がん剤を探すために行うがん組織の遺伝子検査についてお話ししました。

 Fさんの姉の夫の進行した大腸がんでは、大腸がんの組織の遺伝子を検査して治療薬を探すことから「遺伝子パネル検査」と呼ばれます。この検査は採血する検査ではなく、手術で採取したがん組織の遺伝子を調べます。そして、その患者さんに合った薬剤を探すのです。

 これまでの治療は、臓器別に適応薬が決まっていました。たとえば、A薬は臨床試験で「統計上、膵臓がんの患者に効く」という結果があるので国は保険適用としています。しかし実際には、その患者さんに効くかどうかは投与してみないと分からないのです。

 2019年に遺伝子パネル検査が保険適用となったのは、「標準治療がない固形がん(主に希少がん、小児がんなど)」と、「局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者(終了が見込まれる者を含む)」でした。

 このパネル検査で、遺伝子変異から効くと思われる薬が見つかって治療できればいいのですが、見つかった薬が保険適用外だったりする問題があります。また、標準治療が終了した段階の検査ですから、検査結果が出る前に状態が悪くなってしまう患者さんもいらっしゃいます。ただ、検査を行った結果によって、いま行われている新しい治験に参加できる可能性も出てきます。

 遺伝子パネル検査は、がんと診断された早い時期にできればいいと思うのですが、国の財政の問題からたくさんの患者には実施できないとされています。

 まだまだ問題は山積しているのはたしかです。しかし、遺伝子検査は「患者さん個別の治療法を知る」という方向で確実に進歩しているのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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