上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

睡眠障害からくる不整脈は原因から対処してくれる施設を選ぶ

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 女性に多く見られる心臓疾患として、前回は「大動脈弁狭窄症」を取り上げました。これは、「退行変性」と呼ばれる加齢に伴って生じる変化の影響で引き起こされるケースが多い疾患といえます。

 女性に多い心臓疾患には、そうしたパターンではなく生活習慣によって起こるものもあります。中でも、いちばん耳慣れている病気は「不整脈」でしょう。心臓の拍動のリズムが不規則になった状態を指し、大きく3つのタイプがあります。脈が速くなる「頻脈」、遅くなる「徐脈」、正常な拍動の間に不規則な拍動が現れる「期外収縮」です。治療の必要がないくらい軽いケースも多いのですが、心室細動など突然死の引き金になる不整脈、放置していると脳梗塞や心不全といったほかの病気の原因になる不整脈、動悸や息切れなどの自覚症状が強く生活に支障を来している場合は積極的な治療が勧められます。

 近年増えていて女性にも多くみられる不整脈のひとつが「心房細動」です。心臓が細かく不規則に収縮を繰り返すことで、動悸や息切れ症状が表れます。血流が悪くなるので血栓ができやすくなり、血栓が移動して脳の血管で詰まると命の危険がある心原性脳梗塞を引き起こします。心不全を合併して死を招く場合もあります。

 加齢が最大のリスク要因ですが、肥満、高血圧、糖尿病といった生活習慣病も発症リスクをアップさせます。男性は職場の健康診断などでそうした生活習慣病やメタボを指摘されて自覚している人も多いのですが、女性はそうした生活習慣の乱れを自覚しないまま放置しているケースが目立ちます。

 また、自分で気付いていない睡眠時無呼吸症候群、歯ぎしりやいびきなどの睡眠障害を抱えている女性も少なくありません。十分な睡眠がとれていないと、睡眠中も交感神経が優位になって神経伝達物質のアドレナリンが大量に分泌されます。アドレナリンは心拍数を増加させたり、血流を増やして血管を収縮させるため、血圧が上昇します。それだけ、心臓の負担が増えるのです。

■生活に支障が出ていなければ受診せずに様子をみる

 こうした睡眠障害がベースになっている心房細動の場合、きちんと原因まで診断してくれる医療機関を選ぶ必要があります。男性に比べ、女性は脈の乱れを自覚する人が多い印象で、脈に異常を感じるとすぐに循環器専門クリニックを受診するケースが見られます。しかし、これが“落とし穴”になるリスクもあります。

 睡眠障害があった若い女性の患者さんが急な動悸に見舞われて循環器専門クリニックに行くと、心房細動と診断されました。原因がよくわからないまま心拍数をコントロールする薬を大量に処方されたのですが、その薬によって逆に脈が遅くなってしまいました。すると今度は医師から「ペースメーカーを入れないとダメですね」と言われ、結局、埋め込み手術を受けることになってしまったのです。心房細動の原因が睡眠障害などの生活習慣の乱れにあると判断して薬物治療の前に改善策を講じていれば、ペースメーカーを入れずに済んだかもしれません。

 睡眠障害からくる心房細動などの不整脈は、ダイレクトに専門クリニックを受診すると原因を見逃される可能性があります。「睡眠障害が心臓疾患を引き起こす要因になる」ということを知らない勉強不足な医師が残念ながら少なからずいるのです。そうした医師は、検査の数値だけを見て「動脈硬化はそれほど進んでいないし、心臓の収縮にも大きな問題がない」となると、原因がよくわからないまま薬を処方したり、「心臓には問題がないから自分の領域ではない」と放り出すケースもあります。

 きちんと原因まで対処してくれるような医師を探すためには、ホームページなどで「心房細動の治療」に加えて「睡眠障害の関わり」についてもしっかり掲げている医療機関を選びましょう。最近は循環器内科や心臓専門クリニックでも、睡眠時無呼吸症候群外来を併設している施設が増えています。そうした施設の医師は、まず心房細動かどうかを確認したうえで、その原因を探って対処してもらえる可能性が高いといえます。

 何より注意すべきポイントは、「心房細動をはじめとする不整脈は、動悸や息切れなどの症状で生活に支障が出ていない場合は専門クリニックを受診しないほうがいい」ということです。まだ治療しなくてもいいくらい早い段階で診てもらうと、必要のない薬を処方されて別のトラブルにつながったり、原因が見逃されて放置したことで悪化してしまうケースがあるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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