115年といわれるが…人間の「寿命の限界」はいくつなのか

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 科学技術が進み、人間の寿命は延びる一方だ。それに不気味さを感じている人も多いのではないか。2018年の平均寿命は男性81・25歳、女性87・32歳。1947年は男性50・06歳、女性53・96歳だから、実に71年間に男性は31年、女性は34年も平均寿命を伸ばした計算だ。100歳以上の人口も増える一方で2019年には7万1274人。1963年時点では153人だったから、56年間に約465倍も増えている。しかもいまは人間の全ゲノムの解析が終了し、遺伝子編集技術により病気を遺伝子から治せる時代に入りつつあり、最近は「不死時代」という言葉さえチラホラ聞こえてくる。人間の寿命はどこまで延びるのか?

 人間の寿命はどんなに延びても最長で約115年かもしれない――。そんな研究結果を世界的科学雑誌「ネイチャー」に発表したのは米ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学の研究者チームだ。2016年のことだ。日本や米国、英国などの人口統計データなどの解析を基にした結果だ。100歳以上の人たちの寿命が延びるペースが減速しつつあり、少なくとも過去20年の間に最高年齢の水準が一定になりつつあることが分かったからだ。研究チームの一員は「105歳以上の人は増えておらず、人間の寿命の限界、天井は115歳くらい」と語っている。

 実際、100歳以上が急増している日本といえども、これまで115歳を超えた人はほとんどいない。世界を見回してみても現在、正確な記録が残っている範囲で最も長生きした人は、1997年に122歳で亡くなったフランス人ジャンヌ・カルマンという女性だが、これは例外中の例外だ。研究では今後カルマンさんを超える長寿があらわれる確率は極めて低く、でたとしてもせいぜい125歳が限界としている。

■体の保証期間は50歳前後

 むろん、こうした急激な寿命の延長は公衆衛生や栄養のドラスチックな変化により病気を寄せ付けなくなったこと、医療技術の向上により病気やケガをしても回復できるようになったからだ。しかし、そうした長寿を支えている要因を除いた、本来定められた人間の寿命はずっと短く、50歳程度ではないか、という声がある。その頃から、不治の病「がん」で死ぬ人の数が急増するからだ。

 がんは、細胞分裂時にDNAの複製エラーが生じることで発生する。人体にはそうしたエラーを防ぐさまざまな仕組みや、がん化した細胞を排除する免疫システムが備わっているが、それも、50歳前後になると劣化して、がんを防ぎきれなくなる。つまり、人間は50歳前後になると死ぬための「がん」という仕組みが発動して、寿命を制限してきたのだ。

 また、人間もゾウもネズミも体の大きさや1回の拍動に要する時間は違うが、みな心臓が15億回打てば死ぬという、生物学の考え方がある。それによると、体の大きさから予想されるヒトサイズの動物の寿命は41・5歳となるのだそうだ。つまり、生物学的には人間の体は42歳を過ぎると保証期間切れということだ。

■男と女がある生物には細胞の「自死」システムがある

 ではなぜ、人には「寿命の制限」がかかっているのだろうか? 

「個が増え過ぎると食料争いなどが起きて集団としての人類が滅びてしまう」という理屈はもっともらしいが、それは後付けの理屈だ。生物の成り立ちから人間は寿命の制限から逃れられないとの考え方がある。弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長が言う。

「そもそも理論的に人間の寿命は120歳くらいが限界、という声は昔からありました。それは人間を構成している37兆個の細胞の分裂回数の限界が約50回で、この回数から考えられる寿命が120年だからです」

 この細胞分裂回数の限界は米国の解剖学者であるレオナルド・ヘイフリック教授が1961年に唱えた細胞老化説のなかで語られたものだ。その後それが確認され、そのメカニズムも明らかになっている。それは、細胞の核にある染色体の末端にはDNAを守るテロメアと呼ばれるタンパク質があって細胞分裂のたびにそれが短くなり、それがなくなると染色体に異常が起きて死んでしまうというものだ。

 しかも人間には細胞死の仕組みがある。

「人類は37兆個の細胞からできていて、この37兆個の細胞が死ぬと個であるヒトも死んでしまいます。その細胞には2種類の死に方があります。外側からの衝撃などで死んでしまう『壊死』と老化した細胞やウイルス、放射線、ホルモンなどの刺激により機能が低下した細胞を細胞自身が殺してしまう『自死』です。これは大腸菌などの『1倍体生物』にはない仕組みです」(林院長)

 1倍体生物とは染色体(遺伝子のセット)を1つしかもっていない生物をいう。栄養がある限り分裂して数が増えていく。地球に生命が誕生して20億年近くは大腸菌のような1倍体生物しかおらず、死の遺伝子は持ち合わせていなかった。

 その後、「自死の遺伝子」を持つ生物があらわれた。それが遺伝子セットを2つもつ「2倍体生物」で、人類はその一員なのだ。

 2培体生物のほとんどは人間のようにオスとメスの生殖によって子供を作る。これを「有性生殖」といい、大腸菌のような「無性生殖」とは一線を画している。

 有性生殖では、オスとメスの遺伝子が混ざり合い多様な遺伝子セットを持つ子供が生まれる。これはさまざまな環境に適応できる子供が生まれるという点でメリットがあるが、無性生殖とは違い複雑な遺伝子継承の作業が必要となるため、遺伝子の異常な組み合わせが出る可能性が高い。

 本来、異常な遺伝子を持つ子供は成長できずに死んでしまう可能性が高いが、2倍体生物である人間は、染色体(遺伝子のセット)を2つもつため、片方に異常が生じても生存し生殖活動を行うことができる。そうすると異常な遺伝子を持つ細胞が子孫にどんどん蓄積され、やがて正常な細胞が作れなくなる子供が増えて人類そのものが絶滅する可能性がある。そこで、不要な遺伝子を持つ細胞を後世に残さないようにサッサと自死させてしまうという仕組みが必要となった。それが「自死」なのだ。

 つまり、人間は男と女という「性」とセックスという「生殖」を持ったことで、地球上で生き延びるのに都合の良い遺伝子を子孫に残せるようになった。その代償として新たな「死」を背負ったというわけだ。この先、よほどのことがない限り、寿命の限界からは逃れられず、その壁はおそらくは120歳過ぎということのようだ。

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